劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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参謀ですから……


香蓮の心境

 一高の結果を受けて、他の学校の参謀たちは警戒を強め、やはり達也が担当した選手は強敵になるという認識を改めたのだが、三高の参謀――より正確には愛梨たちの参謀である香蓮は他の参謀たちとは違った反応を見せていた。

 今年に入ってからだが、彼女たちは一高で三高のカリキュラムを受けている為、一高の生徒ともそれなりに交流はあった。具体的な数値は分からなくても、それなりに能力は把握しているつもりだったが、実際に魔法を使っているところを見て、達也の調整したCADだけじゃなく強敵になり得る存在だと感じていたのだ。

 

「達也様が調整したCADばかり目立っていますが、やはり一高は一人一人の実力が高いですわね」

 

 

 香蓮の隣で観戦していた愛梨も、彼女と同じように感じているようで、香蓮は愛梨の言葉に無言で頷いて同意を示すだけに留めた。ここで説明しても釈迦に説法になりかねないし、何より愛梨がそんな事を求めてはいないのだ。

 

「栞も問題なく予選突破したけど、これは吉祥寺の計算に誤差が出てくるかもしれないわね」

 

「毎年一高には苦しめられていますし、今年は達也様が最前線に立って作戦を練ってきているので、過去二年以上に苦しい戦いになるでしょうね」

 

「そうね。でも、三高の皆さんには悪いけど、達也様の作戦が正しかったと証明されるのは、婚約者として鼻高々ですわね」

 

「愛梨のように素直に喜べるのが少し羨ましいです」

 

「どうかしたの?」

 

 

 てっきり自分と同じ反応を示してくれると思っていた愛梨だったが、香蓮が少し複雑そうな表情を見せたので思わずそう尋ねた。だが彼女の立場を少し考えれば、おのずとその答えは理解出来た。

 

「達也様と同じ立場であるから、素直に喜べない――という事かしら?」

 

「えぇ。私みたいな者が達也様と同じ立場などおこがましいと分かってはいますが、九校戦における役割が同じですから」

 

「ですが、一高以外の選手相手であるなら、香蓮さんが立てた作戦が相手の裏をかいているではありませんか」

 

「そう言っていただけるのはありがたいのですが、三高の選手として、一高の選手に勝てる戦略を立てられないのなら意味がありませんので」

 

「香蓮さん……」

 

 

 愛梨も、一度でいいから達也が担当した選手に勝ってみたいという気持ちはある。だが香蓮の思いとは少し違うのだ。

 愛梨の場合は、選手として直接対決できるので、相手の精神状態だったり体調不良なりが重なれば勝てる見込みは十分にある。何より、師補十八家の一員としての能力の高さがある分、互角以上の戦いが出来るだろう。

 だが香蓮の場合は、実際に自分が動いて戦うわけではなく、作戦を授け、いかに相手の裏をかけるかがの勝負だ。人の悪さが多分に影響してくる分、達也相手に勝てるわけがない。彼女が考えつく事など、達也にとっては当然の作戦でしかないからである。

 

「今回、私は司波深雪と対決する事になりますし、そこで勝ってみせますわ」

 

「愛梨……そうですね。戦う前から負けを認めるなど、三高の――いえ、愛梨の参謀として相応しくありませんでしたね」

 

「その通りですわ。それに、これから沓子がバトル・ボードで光井ほのかと戦うのですから」

 

「予選で当たる事はないので、戦うとしても明後日ですよ?」

 

 

 気が急いているのではないかと、香蓮は愛梨を窘める。戦う可能性で言えば栞の方であり、明日の愛梨自身の方が早く、人の心配をする余裕ある事を示しているので、それ程強くは窘めなかったが、愛梨は自分が急いていた事を自覚し、反省する。

 

「そうでしたね。栞も私も、達也様が担当した――クラウド・ボールは達也様の担当ではなかったはずでは?」

 

「全くのノータッチという事は無いでしょうから、全くの無関係というわけではないと思います。もちろん、CADの調整などはしていないでしょうから、勝機は十分にあると思いますが」

 

「出場選手は全員二年、その内の一人は私たち同じく達也様の婚約者である七草香澄さん。彼女のCADは達也様が担当するのではありません?」

 

「達也様は同日、アイス・ピラーズ・ブレイクに参加する司波深雪さん、北山雫さんの担当でしょうから、クラウド・ボールに参加する七草香澄さんの担当は難しいと思われます」

 

「ですが、達也様は今日、スピード・シューティングに参加している三名に加えて、バトル・ボードに参加する光井ほのかの担当もしているのですわよね? 七草香澄さん一人なら、何とか出来るのではないかしら」

 

「……そう考えると、クラウド・ボールも油断できない競技になりそうですね。ただでさえ一昨年無傷で制した七草真由美さんの妹なのですから」

 

 

 元々香澄は、アイス・ピラーズ・ブレイクに参加する予定だったのだが、クラウド・ボールにも適性があるのでこちらで選出されたのだ。直前までスバルとどちらが良いか意見が割れ、来年を見越して香澄が選ばれたのだ。

 

「兎に角、クラウド・ボールでも私たちが負けたとなると、一年生たちに多大なる迷惑を掛ける事になるでしょうから、本気で勝ちに行きましょう」

 

「意気込むのは良いですが、明日ですからね?」

 

 

 再び気持ちが急いていた事を香蓮に指摘され、愛梨は恥ずかしそうに視線を逸らし、バトル・ボード会場に足早に移動したのだった。




素直に喜ぶのもどうかと思うが……

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