劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1591 / 2283
やっぱり気にはなっていたらしい……


ちょっとした違い

 一般に、妖魔は闇夜に活動すると思われている。特に吸血鬼はそのイメージが強い。だがパラサイトは太陽が苦手という事もなく、人間だった時の習慣に従って特に用事が無ければ朝起きて夜寝る。パラサイトになれば時差ボケになることも無い。それがいったいどういうメカニズムに基づくものか、レグルスには興味深かったが、彼は興味を興味のまま留めて、ベッドに入る事にした。部屋のドアが叩かれたのは、丁度その時だ。

 

「入っていいかな?」

 

「どうぞ」

 

 

 レグルスがドアを開けると、レイモンドが一人で立っていた。正直に言えば迷惑な時間だったが、こんな夜更けに訪ねてきたのは重要な話があったからだろう。レグルスは扉を開けた時点で、そう考えていた。

 

「それで、なんだ?」

 

「光宣のことなんだけど」

 

「彼がどうかしたか? 特に不審な動きは無かったと思うが」

 

「そうかな?」

 

 

 レグルスの言葉が、レイモンドには納得出来なかったようだ。

 

「光宣はおかしいよ」

 

「おかしいとは?」

 

 

 レイモンドが少しの間、口を噤む。それは躊躇ったのではなく、どう話せばいいのか改めて考える為の時間だった。

 

「……僕たちのテレパシーは、どういう理屈か国境を越えると通じなくなる」

 

「それで?」

 

「でもテレパシーが開通すれば、僕たちは同じ意思を共有する。それは出自が違うパラサイトであっても当てはまるはずだ」

 

 

 レイモンドとレグルスは、今月行われたマイクロブラックホール実験でパラサイトになった。一方光宣は、二〇九五年一一月に行われた実験でこの世界に迷い込んだパラサイトが宿主を変えたものだ。

 しかし、パラサイトになった経緯は違っても、彼らは同じ種類の生き物だ。それは光宣もレイモンドたちも直感、いや、実感で認識している。

 それに元はと言えば、光宣と同化しているパラサイトもUSNAはダラスの、同じ実験施設をルーツとしている。出自が違うというレイモンドの指摘も、厳密に言えば正しくない。

 

「レイモンド、何が言いたいんだ?」

 

「何故光宣は、僕たちと意見が合わない?」

 

 

 レグルスの質問に、レイモンドは反問で応じた。それだけでレイモンドは、レグルスが何を言いたいのか――何故光宣の事を気にしているのかに思い当たり、神妙な顔で質問を変えた。

 

「……司波達也の件か?」

 

「そうだ。僕たちの意思は、達也を排除するという事で統一されているはずだ。なのに何故光宣は、達也を斃す事に賛成しなかった?」

 

「司波達也排除に反対したわけではないだろう? ただ光宣には他に、優先すべき事があるだけだ」

 

「そんなのおかしいじゃないか。僕たちにとって今の優先事項は、達也を葬る事だと決めたのに」

 

「その話し合いを行ったのはステイツで、だっただろう? 我々のテレパシーは国境を越えられないと、君が言ったばかりだぞ、レイモンド。我々は純粋な意思、強い願いに引かれて人間と一体化する。我々の強い意志がパラサイトを招く。光宣の中で一番強い意志が、愛する女性を救いたいという想いだったのだろう。だったら、それを最優先としてもおかしくはない」

 

 

 レグルスのセリフは、パラサイトの二重性を示している。人間と一体化する前のパラサイトの視点と、パラサイトに侵食された人間の視点が、元人間の中で共存しているのだった。

 レグルスとレイモンドは午前中の話し合いで、光宣が何故水波をパラサイトにしたいのか、その理由を聞いていた。だがそこまで打ち明けておきながら、光宣はまだ水波の名を二人に告げていない。

 

「それは認められない! 僕たちの最優先ターゲットは、達也でなければならない!」

 

「そうは言ってもな……」

 

 

 レグルスはレイモンドに引きずられて、達也を抹殺しなければならないと考えている。しかしそれは、レグルス自身にも「祖国の脅威となる戦略級魔法を無力化しなければならない」という意思があったからでもある。

 レイモンドの方も、元々の想いは「達也を屈服させる」であって「達也を抹殺する」では無かった。この点は『マテリアル・バースト』を排除すべき脅威と認識するスターズ隊員の意思に影響されている。

 このように、パラサイトの意思は混じり合うものだ。最も強い「願い」を懐いている個体がパラサイトの集合的意志のイニシアティブを取るのは確かだが、それは一つの個体の意思が他の個体を支配するという事ではない。例えば、光宣が交わったところで、彼がイニシアティブを取ることになっても、レグルスやレイモンドの意思が無視される事にはならない。

 

「……分かった。じゃあ、今晩僕が光宣と話し合ってみるよ」

 

「……そうしたければ、そうすると良い」

 

 

 既に光宣と「回線」が通じているのは、昨晩確かめている。レグルスとレイモンドと光宣は繋がっているのだから、レイモンドと光宣が「話」をすれば、レグルスも部外者ではいられない。彼らの特性として、誰かがイニシアティブを取ることになるのだ。レグルスに、レイモンドを止める理由は無かった。

 

「じゃあ、そういう事で」

 

 

 レグルスに許可をもらう必要は無かったのだが、レイモンドは彼から許しを得た事で、光宣を必ず説得してみせると意気込んだのだった。




雫が振り向かないのは、達也の所為じゃなく自分に魅力がないからと分からないのだろうか……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。