劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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他にもいますけどね、イレギュラー……


イレギュラーな魔法師

 突如高まった魔法の気配。真由美はそれを追いかけて、病院沿いの路地からさらにもう一本外側の側道へ駆け込んだ。

 雷光が、中空に閃く。地上約五メートル。厚い雲に覆われた夜空を背景にした、誰もいない暗闇から電撃が放たれた。標的は二人の男性魔法師。作戦開始前に克人から紹介された十文字家配下の術者だ。

 一人は片足から出血し、傷を押さえて蹲っている。無事な方の魔法師が仲間を背にして立ち、魔法障壁を形成して雷撃を受け止めた。通常の放出系魔法ならばシールドに止められた時点で終わりだが。現代魔法で攻撃の起点を標的から離れた位置に設定するのは、敵の事象干渉力に魔法発動を妨げられないようにするため。それ以上の意味はない。

 だがこの電撃は単なる電子の流れでは無かった。斜めに数メートル走った電光は、残像で光の蛇を空中に描き出す。それが魔法障壁に衝突して砕け散るのではなく、その上を張って側面に回り込もうとする動きを見せた。事象に形を与える。生物の象徴的な形態を加えるという追加的なリソースを費やす代わりに、魔法によって作り出した現象で操作性を高めるテクニック。

 確かに高度な技術だが、繰り返し雷撃を発生させさせる方が効果的な気がすると、真由美はシールドの上を移動する電光の蛇をみてそう思ったのだが、すぐに自分の思い違いだと気付いた。十文字家の術者が構築した魔法障壁は半球ドームの形状を取っている。横に回り込んでも、シールドを越える事は出来ない。しかし無駄に思われた雷蛇が、シールドをぐるりと一周して自らの尻尾を咥え、術者をシールドごと拘束する円環になった。これを目撃して、真由美は漸くこの魔法の目的を理解した。これは足止めの魔法だ。

 雷光の蛇は電撃の硬化を持つだけで、シールドに圧力を加えたり、ましてや障壁内部の魔法師を締め上げたりはしないが、シールドを解けばたちまちその中に立てこもっていた人間に雷撃が襲いかかるだろう。また雷蛇はシールドに巻き付いているように見えるが、実際には魔法障壁に接触する位置で固定されている。シールドを張ったまま移動しようとすると、雷蛇を固定している魔法との力比べになる。

 さらに空中から雷が放たれた。一本だけではなく、続けざまに三連撃。電撃は雷光の蛇となり、十文字家の魔法師二人をシールドごと取り囲む。半球ドームの魔法障壁を縛る、三重の円環。最初の雷蛇は消えていたが、第二段で放たれた雷撃が六箇所で交差してシールドを取り囲んでいる。

 真由美は雷撃の射出ポイントに想子の弾丸を放った。真由美の想子弾に、達也が使う術式解体のような威力は無い。だが狙ったポイントを正確に撃ち抜く技術は人後に落ちない。

 真由美が放った想子の弾丸は、空中に設置されていた魔法の砲台を正確に捉えた。魔法を継続的に遠隔発動する想子情報体。真由美の想子弾は、その砲台としての情報構造を破壊した。

 真由美には通常の魔法以外に、知覚系の先天的な特殊能力がある。遠隔視系知覚魔法『マルチスコープ』。魔法としても実現可能だが、真由美はそれを先天的特殊能力として自由に行使出来る。

 これは異例な事だった。一人の人間が魔法と超能力を兼ね備える事は出来ないはずなのだ。超能力は念うだけで用を捻じ曲げる代わりに、特定のパターンの事象改変しか出来ない。しかし真由美は、多彩な魔法と特殊な知覚能力を両立させている。彼女は達也とは別の意味でイレギュラーな魔法師と言える。

 今、真由美は彼女に備わった異能『マルチスコープ』を全開にしていた。様々な角度から見た視覚情報が一斉に流れ込んでくる全力の『マルチスコープ』は、彼女の精神に大きな負荷を掛ける。僅か数分でも意識に霞が掛かってくるので、全力を出す事は滅多に無い。無理を承知で真由美が探しているのは、この近くに隠れているに違いない光宣の姿。

 

「(見つけた!)」

 

 

 真由美の執念が実ったのか。それとも、彼女の強い思念がそれを見せたのか。彼女の異能『マルチスコープ』の視界に少年の背中が映った。顔の見えない、後姿であるにもかかわらず、この世のものとも思われぬ麗しく妖しい人影。真由美は視点を動かして、その人影の顔を確認した。正面から「見た」瞬間、彼は顔を背けたが、その一瞬で十分だった。

 真由美が手首のCADに指を走らせる。発動した魔法は、彼女の代名詞ともいえる『魔弾の射手』。空中に砲台を造り、そこからドライアイスの弾丸を放つ魔法。三つの砲台が、光宣に集中砲火を浴びせる。

 遠隔視の視界の中で『魔弾の射手』は確かに光宣を捉えていた。真由美が見ている少年の人影が地上から消える。彼女の『マルチスコープ』は、光宣の麗姿を見失っていなかった。彼の姿は、空中にあった。

 真由美は新たな砲台を造り、ドライアイス弾を浴びせるが、空を駆ける人影は、複雑なステップを踏んで弾丸の大半を躱した。

 光宣が病院の屋上に着地する。真由美は上空からの視界だけを残して『マルチスコープ』に費やすリソースを絞り、光宣を捕縛する為の魔法を待機させて跳躍の魔法を編み上げた。雷撃に捕まった味方を置き去りにして、真由美は屋上へ跳びあがった。




目立たないけど真由美も強いんです……

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