劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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最初からしておくべき覚悟、だとは思いますが……


真由美の覚悟

 厨房の奥に通じるドアから姿を見せた真由美に、勢いよく立ち上がった香澄がまず尋ねたのは水波の安否だった。生徒会で一緒に活動している泉美よりも、クラスメイトの香澄の方が水波に対する親愛の情は深いようだ。

 

「水波は!?」

 

「大丈夫。病院内に忍び込まれる前に捕捉したから」

 

「十文字家の方々がですか?」

 

「いいえ、うちの部下よ」

 

 

 

 尋ねたのは泉美だったが、彼女が聞かなければ香澄が質問しただろう。香澄が「やるじゃん」という表情で目を輝かせたが、彼女の眉はすぐに曇る事になった。

 

「一分も持たずに蹴散らされちゃったみたいだけどね。今は十文字家の人たちが駆けつけてくれて、何とか食い止めているところ。お父様にも連絡したけど、到着まで十分以上はかかる。十文字くんにも報せが言ってるはずだけど、五分以内の到着は望めない」

 

「それまで、私たちで足止めしなければならないという事ですね?」

 

「そういうこと」

 

 

 香澄と泉美は、ただのんびりと真由美の話を聞いていたのではない。二人は耳を傾け口を動かしながら、CADを手首に巻き目を保護する通信機内蔵のゴーグルを着け、防護ベストを身体に固定していた。

 

「準備完了」

 

「私もです」

 

「OK。行くわよ」

 

 

 同じいでたちの真由美がドアを開け、香澄と泉美がその後に続いた。

 

「ところで、司波先輩は?」

 

「達也くんは、パラサイトを封印する術式の改良の為、今はいないわ。だから私たちだけで足止めをしなきゃいけないんだけど、もしかしたら光宣くんにその事を報せてる内通者がいるのかもしれないわね」

 

「でもさ、水波の警護に当たっているのは、四葉家と十文字家、それとウチだよ? 九島家の人間がいるならまだ分からなくもないけど、さすがにそれは無いんじゃないかな?」

 

 

 真由美の疑念を、香澄が否定する。真由美も本気でそんな事を想っていたわけではないので、香澄の言葉に軽く頷いてから、近づいてきた現場を見て絶句する。彼女たち三人が現場に到着した時、戦闘は一時的に終わっていた。道路に倒れている四人の魔法師に駆け寄り、泉美と香澄は脈と呼吸を確かめる。

 

「生きてる!」

 

「こちらもです。大した怪我は無さそうですね」

 

 

 真由美は肩で息をしている二人の魔法師に近寄り、ゴーグルを額に上げ顔を見せ、自分の足で立っている二人の魔法師に話しかける。

 

「光宣くんは何処へ行きましたか?」

 

「右手の路地へ姿を消しました。そちらを守っている者に迎撃するよう伝えてあります」

 

 

 右側に病院内に通じる扉は無い。窓を破るつもりか、それとも屋上から忍び込もうと考えているのか。いずれにせよ、光宣は逃げ去ったのではないだろうと真由美は思った。

 

「分かりました。私も彼を追います。あなた方は持ち場に戻ってください」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 十文字家の二人は真由美に一礼して病院の裏口前へと戻っていく。彼らに与えられた任務は院内への侵入を阻止する事。七草家の魔法師に加勢するためにここに駆け付けたが、本来の役目からすれば、入り口から離れ過ぎていた。

 

「二人はその人たちをお願い」

 

「お姉ちゃん、一人で行くつもり!?」

 

「危険です!」

 

 

 香澄と泉美は姉を止めようとしたが、真由美は笑み一つ浮かんでいない真剣な表情で頭を振った。香澄と泉美でも見た事があまりない表情だったので、二人はそれ以上何も言えなかった。

 

「怪我人を放っておくわけにはいかないでしょう。重症でなくても、意識がはっきりしていないのよ。それに、光宣くんが裏口の方へ戻ってこないとも限らないわ」

 

 

 別の場所へ行ったと見せかけて、警戒が薄れたところから再侵入を狙うのはよくある手口だ。二人とも姉が示した可能性を否定出来なかった。

 

「……了解だよ、お姉ちゃん」

 

「お姉様、お気をつけて」

 

「ええ、二人もね」

 

 

 ゴーグルを掛け直して、真由美は病院の右側に向かった。

 

「お姉ちゃんがあんな表情をするなんてね……」

 

「それだけお姉様も本気、という事でしょう。この状況を見てわかるように、光宣くんの方にはこちらの魔法師が死のうが関係ないと受け取れますから」

 

「まぁ、自分でやっつけておいて治療していくようなら、最初から戦わないと思うけどね」

 

 

 倒れている魔法師たちを脇に移動させながら、香澄と泉美は改めて光宣と戦う覚悟を確認し合う。先ほどまでは出来る事なら殺したくないと考えていたが、向こうが容赦しない以上こちらも手を抜けないと考えなおした。

 

「司波先輩が不在な以上、パラサイトを封印する術式を扱える人間がいないわけですし、隙を見せるとパラサイトに侵食されてしまう可能性もありますからね」

 

「パラサイトに侵食される感覚って、精神干渉系魔法を掛けられるのに似てるって話してたけど、達也先輩は何処からそんな事を聞いたんだろうね?」

 

「あの方のことは、私よりも香澄ちゃんやお姉様の方がよくご存じなのでしょう? 香澄ちゃんが分からないのなら、私に分かるわけがないじゃないですか」

 

「いや、泉美なら司波会長から何か聞いてないかなって思ってさ……まぁ、会長もそんな事話さないか」

 

 

 深雪の話題を出して、泉美の集中力が途切れるのを嫌ってか、香澄は話題を強引に終わらせた。泉美も香澄の考えが理解出来たのか、多少強引だと思ったが特に何も言わなかった。




知り合い相手に、普通の女性である真由美は無理か……

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