達也は空陸両用車『エアカー』でアイネ・ブリーゼに来たのではない。巳焼島から乗ってきたエアカーはいったん自宅の車庫に置き、公共交通機関を使って最寄りの駅まで来た。帰りも当然、個型電車だ。
「でも達也さん、光宣くんはどうして水波ちゃんの為にあんなことをしたんですか? 私たちがこっちで生徒会作業をしていた時、何かあったんですか?」
じゃんけんで達也と同じ個型電車に乗る権利を勝ち取ったほのかは、達也に先ほど懐いた疑問を投げかける。
「光宣が水波の事を想っていたから、としか言いようがないな。自分の虚弱体質を改善するのも理由としてはあったのかもしれないが、光宣はあくまでも水波を完治させる為にパラサイトになったと言っていた」
「水波ちゃんの事をそこまで想うような出来事が、二人の間にはあったのでしょうか?」
「水波も何故そこまで想われているのか分からない、といった感じだったからな。光宣にとっては特別な何かがあったのかもしれないが、水波がそれを意識していなかっただけかもしれない」
「そうなんですね……やり方は兎も角として、光宣くんは水波ちゃんの事を大切に想っていたって事ですね」
「そうだな」
それ以降は何も話せなかったが、ほのかは何となく光宣の気持ちが理解出来た。万が一達也が水波と同じような状況になって、自分に光宣と同じ事が出来る状況にあったら、自分も迷わずパラサイトになるだろうとほのかは思ったのだ。それがエレメンツの血統だからなのか、それとも相手が達也だからなのかは、ほのか自身も考えないようにしたのだった。
新居の最寄り駅に到着し、達也とほのかの雰囲気から外で話すのは止めた方が良いと感じ取ったエリカと雫は、黙って二人の後に続き新居までの道のりを進んだ。何時もなら騒がしい帰路だが――ちなみにエリカが一人で盛り上がって、雫とほのかがツッコミを入れたりするだけなのだが――珍しく会話が弾まないまま帰宅したが、車庫に停っている『エアカー』を見つけてエリカが興味深げに眺めてから達也に質問をする。
「達也くん、これって普通に乗れるの?」
「一般道を走る事は出来るが、あまり大っぴらに乗るのは避けた方が良いだろう。余計な問題を生みかねない」
「これでリーナがいる場所から戻ってきたの? 確かどっかの島にいるんじゃなかったっけ?」
「まぁその辺りの説明は省くが、この車は浮くからな。水の上を移動する事も可能だ」
「へー、今度乗せてよ」
エリカがそう言い出すと、ほのかと雫も期待が篭った視線を達也に向けてくる。達也は少し困ったように頭を掻いて、どう答えようか考え始める。だが、その考えがまとまる前に、新居の中から亜夜子が顔を出した。
「達也さん……その」
「どうした?」
「国防陸軍第一○一旅団、風間中佐からお電話です」
「……分かった」
一般の回線ではなく四葉関係者だけが出られる回線を使って電話を掛けてきたところまでは良いが、内容に心当たりがあるだけに達也は何時も以上に無感情で亜夜子に応えて電話の前に移動した。
「お待たせしました」
仮にも上官に当たる風間に対して、あまり相応しくない態度で電話に出た達也は、風間からの要求にため息交じりに答えた。
「――つまり、アンジー・シリウス少佐が保護を求めて来たら、国防軍に引き渡せという要求ですか?」
『そう喧嘩腰にならないでもらいたい。USNAの軍人であるシリウス少佐を民間組織で匿う事は、国防軍として認められないと言っているだけだ』
「ごもっともです。しかしそんな分かり切った話を、中佐は何故なさっているのでしょうか」
『達也、君がシリウス少佐を保護しているのは分かっている。四葉家が自分から報せてきたのだ』
「では本家に要求なさってください」
視線で韜晦を許さないと揺さぶっても、達也は全く動じない。要求に頷きもしなかった。達也の非協力的な姿勢に、風間も厳しい目付きになり、年下の友人に対する親しげな口調が消えた。
『大黒特尉、貴官が四葉家の中で地位を向上させても、貴官に対する国防軍と四葉家の契約はまだ有効だ。司波深雪嬢の護衛を例外として、貴官は国防軍の命令を優先しなければならない』
「風間中佐。四葉家と国防軍の契約を曲解するのは止めていただきたい」
『なに?』
風間からのプレッシャーに対しても、達也は無表情を貫き、ついには彼の声から表情が消え失せた。
「深雪の護衛を除き、四葉家は司波達也に対する優先命令権を国防軍に認める。これが四葉家と国防軍の契約だ、俺が国防軍に従わなければならないという取り決めは存在しない」
『特尉。軍に叛逆するのか?』
「それも違う。俺に与えられた特尉の地位は、国防軍が俺を利用する為の方便だ。五年前、沖縄で軍の指揮下に入った際の宣誓は、あの時限りのものだった」
『……達也、国防軍は、民間人がアンジー・シリウス少佐を保護する事を認めない。それは理解してもらいたい』
「風間中佐。自分はシリウス少佐を匿ってなどおりません。四葉家がアンジー・シリウス少佐を保護していると言っているのであれば、引き渡しは本家に要求してください」
達也も風間も、最後は決定的な決裂を避けた。お互いに相手の利用価値を認めた結果だった。
深雪に知られたら、基地内が吹雪に……