劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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かなりのハイテクマシーン


エアカーのテスト

 六月二十四日、月曜日。達也は前日決めたスケジュールの通り、今日も巳焼島を訪れていた。エアカーのテストか主な目的だが、テスト自体に特筆すべき事は何も無かった。全ての項目で計画された通りの性能を発揮したからだ。

 

「潜水まで可能だとは思いませんでした」

 

「機密性は宇宙空間に出ても問題ないレベルだと技術者は申しております。車体に作用する地球の重力に干渉して飛行する仕組み上、高度六千キロを超えると飛行システムがうまく作動しなくなるそうですが」

 

「エアカーで宇宙飛行するつもりはありませんよ」

 

 

 兵庫が説明する過剰スペックには、達也も苦笑いをせずにはいられなかった。

 

「ツードアスタイルは開口部を少なくして機密性を高める為でもあったんですね」

 

 

 エアカーのドアは横開きではなく、後方にスライドする仕組みになっている。また窓ガラスも分厚く、はめ殺しになっている。これらも機密性を高める為の設計によるものだろう。

 

「仰る通りでございます。もっともエアカーは陸上、低空及び海上での使用を想定した物でございますので、実際に使われる上でもその点をご考慮いただきたいとの事です」

 

「余程の必要がない限り、エアカーで成層圏まで上がったり海中に潜ったりするつもりはありません」

 

「恐れ入ります。老婆心ながら申し上げますと、本州とこの島の往来は水上走行モードを使われるのがよろしいかと」

 

「高度数十センチを自動的にキープするモードですね」

 

「はい。それでしたら、達也様は外航用の小型船舶免許をお持ちですので官憲に咎められる事も無いかと存じます」

 

 

 達也は十八歳になって四輪自走車免許と共に、水面の制限が無い小型船舶免許も取得している。言うまでもなく船舶操縦免許はエアカーを想定していないが、水上走行モードであれば航行時の状態はホバークラフトと同じだ。達也の持つ免許で航行可能だと主張する事は可能だろう。

 

「そうします」

 

 

 いざとなれば飛んで逃げればいい。遵法精神に乏しい達也は大方、そんな事を考えているに違いなかった。

 

「ねぇ」

 

 

 達也と兵庫の話が終わったと見たのか、横から話しかけてくる声。

 

「リーナ、どうした」

 

 

 その声の主は、エアカーのテストを見学させられていたリーナと、その横では不安そうな表情を浮かべているミアの姿もあった。

 

「私たち、無事に帰してもらえるの?」

 

「意味がよく分からないが……」

 

「恍けないでよ! こんな軍機を見せられて、無事に日常生活に帰してもらえるのかって意味よ!」

 

 

 リーナが大声で達也に詰め寄る。その横ではミアが不安そうに首を何度も縦に振っている。

 

「リーナ、何を言っているんだ?」

 

 

 顔を顰めながら詰め寄ってきたリーナを、達也は不思議そうに見返した。

 

「四葉家は民間組織だから、エアカーは『軍事機密』じゃないぞ」

 

「どの口が言ってるのよ! 国家の軍隊じゃなくても、軍事組織には変わりないでしょう!」

 

「それは誤解だ。我々は軍事組織ではない。確かに暴力行為で報酬を得ているが、それはあくまでも副業だ。あえて分類するなら、四葉家は研究組織だ」

 

「副業で世界中から恐れられているなんて、何の冗談よ……」

 

「勝手に怖がっておいて、それをこちらの所為にされても困る」

 

「一艦隊を基地と軍港ごと一撃で消滅させる相手を、怖がらないわけがないでしょう!」

 

「それは俺個人の力だな。四葉家の力ではない」

 

 

 リーナは思わず、大きく目を見開いて達也を凝視してしまった。数万人規模の戦死者を出しながら、それを「個人の力」と言い切る達也の神経が、リーナには信じられない。それは、数万人の命を奪ったのが自分自身だと認める事に繋がる。

 責任は、分け合う事が出来る。『灼熱のハロウィン』は軍事衝突の中で起こった事件だ。戦略級魔法の仕様は軍の指揮系統の中で決定され、その責任は命令を下した上官にあると言い逃れる事が出来る。だが命令されたから使ったという事実は変わらなくとも、それを個人に属する力と認めてしまえば、その結果も個人に帰属する事になる。

 責任はなくとも、結果は残る。数万人を殺したという、結果が。それとも、達也はその事を理解していないのだろうか……?

 

「(いえ、そんな事はあり得ない)」

 

 

 達也は現実から目を背けるタイプではない。付き合いはまだそれ程長くないが、リーナは達也の事を、その程度には理解していた。達也は自分が大量殺人者であるという事実を、正気のまま受け止めているのだ。

 

「……軍事機密でないなら、私たちは日常生活に戻れるのでしょう? だったら、それでいいわ」

 

 

 リーナは自分からこの話題を打ち切った。彼女も戦略級魔法師だ。これ以上掘り下げると自分にとっても不愉快な話になりかねないと、無意識にブレーキを踏んだのである。

 

「それより達也、お願いがあるのよ」

 

「内容による。まずは話を聞かせてくれ」

 

 

 戦略級魔法に関しての話題を強引に打ち切る為では無いが、リーナは多少無理矢理にでも話題を変える事にした。そのお陰で自分の中に芽生えた恐ろしい考えを頭の隅に追いやることに成功したのだった。




しれっと言い放つ達也……

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