劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あわあわする水波は珍しい気もする……


意識させられた気持ち

 自分に目を向けたままなかなか口を開かない達也と深雪に、焦れというより不安を覚えて水波が問いかける。

 

「……何でしょうか」

 

「今更かもしれないけど……水波ちゃんは光宣くんの事をどう思っているの?」

 

「どう……?」

 

 

 問いかけに応じた深雪から逆に問われ、水波の顔が困惑に染まる。

 

「光宣くんはどうやら、水波ちゃんの事が好きみたいだけど」

 

「好き……」

 

「水波ちゃんは光宣くんの事が好きなのかしら?」

 

「私が、好き!?」

 

 

 先ほどまでまともに思考が働いていなかったが、動揺したお陰で逆に意識を取り戻したようだ。

 

「滅相もございません! 私は、その……達也様と深雪様のお側にいられるだけで幸せですので。光宣さまを異性として意識した事などございません!」

 

「それは、意識した事がないだけだろう?」

 

「私たちは決して、興味本位で質問しているのではないの」

 

 

 達也と深雪が何を言いたいのか、水波には理解出来なかった。それを何と言って尋ねれば良いのかさえ、彼女には分からなかった。

 

「もし水波が光宣の事を少なからず想っているのなら、覚悟を決めてもらわなければならない」

 

「覚悟とは……光宣さまと戦う覚悟でしょうか?」

 

「戦うのは俺たちだ。俺はなるべく光宣を殺さずに済ませたいと思っているが、光宣を迎え撃つのは俺だけではない」

 

 

 達也の言葉に、水波は無言で小さく頷いた。四葉家以外に十文字家と七草家が光宣を待ち構えている事は、水波には教えられていないが、水波は少なくとも七草家が光宣を捕縛する作戦に加わっている事を察していた。泉美が漏らした護衛という言葉を聞き逃さなかったし、それが無くても香澄たちの来訪を、単なる同級生のお見舞いと考えられるような普通の環境で彼女は育っていない。

 

「それに、光宣は手強い。殺さずに捕らえるなどという、甘い考えは通用しないかもしれない」

 

「仕方がない、と思います」

 

「頭では理解出来るだろう。そこは疑っていない。だが、ハートではどうだ?」

 

「………」

 

 

 達也の問い掛けに、水波は答えられなかった。そもそも光宣の事を異性として意識した事が無かったのもあるが、そこまで真摯に光宣の想いを受け止めていなかったというのもある。

 

「覚悟とは、そういう意味だ。水波、光宣はお前を救う為に人であることを捨てた。だがそれは、光宣が勝手にやった事だ。そこにお前の意思は無い」

 

「………」

 

「しかし、そう簡単には割り切れないだろう。お前は光宣の想いを知ってしまった」

 

「……はい」

 

 

 水波は俯いて顔を隠した状態で、達也の言葉を認めた。意識していなかっただけで、光宣は水波から見ても魅力的な異性だ。もし達也が側にいる事を許してくれいなかったら、光宣の誘いにその場で乗っていたかもしれない。

 

「水波ちゃんが迷うのは、人として当然よ。何も、後ろめたく感じる必要は無いわ」

 

「……はい」

 

 

 深雪が水波の手を握る。水波が顔をあげて、深雪へ弱々しい微笑みを向けた。

 

「でも、もし水波ちゃんが光宣くんに特別な感情を持っていないのだったら、覚悟を決めて欲しいの」

 

「光宣が目の前で殺されそうになっても、その邪魔をしない覚悟を」

 

 

 決定的なセリフを達也が引き継ぐ。達也は「殺す」というセリフを、深雪に言わせなかった。

 

「もし私が光宣さまの事をお慕いしていると申し上げたら……」

 

「光宣を殺さずに済ませる方法を考えるが、その場合犠牲が増える可能性が高まる」

 

 

 達也が若干躊躇いながら告げると、水波の顔色が変わった。

 

「申し訳ございません! 戯言を申しました!」

 

「水波ちゃん、落ちついて」

 

 

 水波がベッドの上で腰をふらつかせるのを、深雪が横から支えた。たぶん、ベッドの上で座り直して謝罪しようとしたのだろうが、また急な動きに耐えられるほどには回復していなかったようだ。

 

「馬鹿げた発言だとは思わない。今まで意識しなかった自分の気持ちが、すぐに分からなくても無理はない」

 

「いいえ! 私は光宣さまに、特別な感情は一切懐いておりません! 私は、達也様の事が……」

 

「分かった。だから落ち着け」

 

 

 水波が気持ちの整理がついていないのは明らかだったが、達也はそれを指摘することなく彼女を宥めた。

 

「もし光宣さまを殺めるとして、その時は達也様が手を下されるのでしょうか?」

 

「なるべくならそうするつもりだが、何か気になる事でもあるのか?」

 

「いえ……光宣さまの技量を直接見た事があるわけではないので何とも言えませんが、達也様以外の方が光宣さまを殺めようとしても、逆にその魔法師の方が危険な目に遭われるのではないかと思いまして……」

 

「皆それなりの覚悟を持って護衛を務めているのだから、水波はそんな事を気にしなくてもいいんじゃないか?」

 

「もし達也様が不在の時に光宣さまが現れ、深雪様が危険に曝されるような事がある場合は、私は迷わずに自分の身を差し出します」

 

「……良いだろう」

 

 

 達也は本心では深雪が光宣に後れを取るなどと思っていないし、自分が対峙するよりもはるかに有利に立てるという事を理解している。だが深雪の手を汚したくないという思いはあるので、水波の申し出に頷く事しか出来なかった。




原作の展開を残す為には、このセリフは必要になるんですよね……

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