劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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言っておかないと大人しくしておかないメンバーですから


達也の失念

 双子を見送った達也たち三人は、顔を見合わせて似たような笑みを浮かべた。呆れているけど憎み切れない、そんな笑顔だ。同級生の中では清楚でお淑やかな美少女だが、達也たちの間では少しずれているが愛すべきキャラクターとして、泉美は認識されているのかもしれない。

 達也が部屋の隅からスツールを持ってきて座ると、深雪は元々ベッドの側に置かれていたスツールに腰を下ろした。

 

「それでも、ああしてお見舞いに来てくれるのですから、ありがたいですよ」

 

「あの二人には、向いていないのかもしれないな」

 

 

 達也は「何に」の部分をはっきりとは口にしなかったが、深雪だけでなく水波も、彼が省略した言葉が理解出来ていた。香澄も泉美も、十師族に向いていない。姉の真由美も向いているかいないかで言えば向いていないのだろうが、それでも彼女にはまだ、立場と義務を優先する姿勢がある。だが香澄と泉美は、立場よりも正しさを、義務よりも人情を優先しそうな面がある。一言で言えば『善良』なのだ。

 

「悪い事では無いと思いますよ。少し、羨ましい気もします」

 

 

 深雪が漏らしたその言葉は、彼女が達也と同じ事を感じて同じように考えている証拠だった。そんな空気を換える為に、達也が突然話題を変えた。

 

「ところで水波」

 

「はい、何でしょうか」

 

「あれから、異常は無かったか?」

 

「光宣さまが接触してこなかったかという意味でしょうか?」

 

「光宣本人に限らない」

 

「不審なお客様の姿は、拝見しておりません」

 

「光宣くん諦めたとは思えません。何か、準備をしているのでしょうか? 例えば、配下を集めているとか……」

 

「その可能性はある」

 

 

 深雪が少し不安げに達也の顔を見上げて問うと、達也はその可能性を否定しなかった。前回の襲撃から一週間。その間光宣が何もしていないとは考えられない。はっきりと確認したわけではないが、光宣は周公瑾の知識を受け継いでいる。それは魔法の知識に限らないだろう。

 九島家をはじめとした「九」の各家が師族会議を裏切る事は無いはずだから、ここから味方を集めるのは難しいが、周公瑾が築き上げた工作員ネットワークの中から手下を見繕う事は可能かもしれない。

 

「パラサイトを封じる術式を、母上に教わっておくべきかもしれないな」

 

 

 深雪と水波が、同時に動揺を示す。パラサイト封印術式と聞いて、水波はそれを光宣に使うのだと思ったが、深雪の懸念は別にあった。

 

「達也様は……光宣くんがパラサイトを増やすとお考えなのですか? 去年の冬の「吸血鬼」のように」

 

「光宣が手当たり次第に人を襲うとは考えていない。だが、人であることを止めてでも力を欲する者は、少なからず存在すると思う。見つけ出すのは、それ程難しくないかもしれない」

 

 

 達也の推測を、深雪は否定しなかった。深雪だけでなく水波からもその言葉を疑う声が上がらなかったのは、達也のセリフだからだけではなく、そういう人間的な弱さに彼女たちも心当たりがあったからだ。

 

「達也様、あの、今思いついたのですが……エリカたちにも、詳しく話しておくべきではありませんか?」

 

「……そうだな。俺が迂闊だった」

 

 

 多少の情報を与えているとはいえ、光宣はパラサイトの気配を隠す事が出来る。三人は去年の秋、味方として光宣と会っている。もしかしたら幹比古は光宣の正体に気づくかもしれないが、エリカとレオは騙される可能性が高い。あの三人が利用されるケースを想定していなかったのは、確かに迂闊と言えた。

 

「いえ、たった今まで気づかなかったのは私も同じですので……エリカたちには、私から話しておきましょうか?」

 

「いや、俺から話す。明日の日中はエアカーのテストをする予定だから、放課後に『アイネ・ブリーゼ』で待っていてくれ」

 

「……よろしいのですか?」

 

 

 深雪が念を押すように問い返したのは、マスターに話しを聞かれても構わないのかと危惧したからだった。

 

「構わない。下手に校内で話すより盗み聞きされるリスクは低いだろうし、もしかしたらマスターに力を貸してもらう事になるかもしれない」

 

「マスターに……?」

 

 

 アイネ・ブリーゼのマスターの実父が腕利きの情報屋で、マスター自身も情報売買に片足を突っ込んでいると、達也もはっきりと知っているわけでないが、堅気でない事を確信している。深雪には分からない裏社会の臭いを、達也はマスターから嗅ぎ取っていた。

 

「いえ、分かりました」

 

 

 マスターの正体について、深雪は達也に尋ねなかった。自分が知らねばならない事ならば、達也の方から教えてくれる。達也が説明しないのは、今の自分が知る必要のない事だから、と彼女は考えたのだった。

 

「エリカたちとアイネ・ブリーゼでお待ちしております。……あの、達也様。ほのかと雫と美月も同席させてよろしいでしょうか?」

 

「あまり、関わる人数を増やしたくないのだが……報せずにおくのもリスキーか。分かった、皆に声をかけておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 

 達也と深雪が頷きあう。そして二人は、揃って水波に顔を向けた。




忠告しても大人しくしているかは微妙……

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