劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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軍人に向いているのか?


戦闘狂い

 アルゴルが大型の戦闘ナイフを一閃する。刃渡り一フィートの片刃のナイフ。肉厚の峰は、サバイバルナイフと違って鋸状にはなっていない。峰側に湾曲した長いヒルトが付いているのは、相手のナイフを絡めとる為か。魔法師の装備とは思えない、生粋のナイフファイターが好みそうな凝った得物だ。

 デネブとアルゴルは、同じタイプの戦闘魔法師だ。高速移動の魔法を駆使した近接戦を得意とする。そしてデネブは既に、自分を移動させる魔法を連続発動している状態にあった。これはトーラス・シルバーが開発した飛行魔法の応用技術だ。飛行魔法は一秒未満の短時間で断続的に重力制御魔法を発動し続ける事で自在な飛行を可能にした術式。それをスターズは移動魔法に応用した。ごく短い時間で移動魔法を断続的に発動し続ける。特に意識しなければ移動先が定義されない状態になり、移動魔法は効力を発揮しないまま自動的に破棄され、移動を意図した時にだけ自分の身体を直線軌道で運ぶ魔法が作用する。この技術によって、近接戦闘魔法師を悩ませていた、急な移動を妨げるCAD操作のタイムラグがスターズでは解消されていた。

 だから、この技術により何時でも移動魔法が行使可能な状態になっていたデネブは、アルゴルの攻撃を躱そうと思えばそうする事が出来た。しかしデネブは、左手に持つナイフのナックルガードで、アルゴルのナイフを受け止めた。移動魔法で後退しても、同じ技術を使っているアルゴルには次の瞬間、追いつかれる。回避しても千日手になってしまうという判断もあった。だがそれ以上に、デネブが好戦的な気分に支配されていたという面が強かった。

 デネブはリーナの裏切りを心の底から信じ込んでいた。彼女は「シリウス」の名を汚すリーナの背信行為に、激しく憤っていた。「シリウス」の称号は祖国USNAの、軍人魔法師の象徴。そのシリウスの裏切りは、USNA軍に所属する魔法師の誇りを汚すものだ。デネブはそんな義憤に駆られていたのだった。

 デネブが右手の銃をアルゴルに向ける。アルゴルの左手が跳ね上がり、逆手に構えたナイフのブレードとヒルトの間にデネブの拳銃を挟んで絡めとった。前方に湾曲した長いヒルトは通常の戦闘ナイフに見られる物ではない。マン・ゴーシュ、あるいは釵に近い。手首を挫かれる前に、デネブがグリップから手を離した。拳銃が地面に落ちるより早く、デネブが数メートル後退する。アルゴルは奇声を上げながら、それを見送った。

 

「何だそれは!」

 

「ヒャハハハハハッ! ナイフにはこういう使い方もあるんだぜぇ!」

 

 

 この長いヒルトを持つナイフは、敵の得物を絡めとる目的で用意している特注品なのだろう。そういう意味でも、これはマン・ゴーシュに近かった。アルゴルの、ナイフに対する偏執的な拘りが表れている。

 

「この、切り裂き魔が!」

 

「ヒャーハッハッハッハッ! 銃もナイフもなんて、中途半端なんだよ!」

 

 

 アルゴルの身体が、残像を置き去りにして消える。次の瞬間、彼はデネブの側面に出現していた。アルゴルが、逆手持ちのナイフで斜めに斬り上げた。デネブの右手は空いたままだ。彼女は左手のナイフでアルゴルの斬撃を受け止めようとした。アルゴルの左手が、微妙に軌道を変える。彼は自分のナイフとデネブのナイフのブレードをわざと打ち合わせた。そのままナイフを滑らせて、鍔迫り合いの状態を作り上げる。アルゴルが右手に持つナイフの切っ先が、がら空きになったデネブの左脇腹に向く。デネブの顔が、焦りと恐怖に引き攣った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カノープスには、部下の戦いをじっくり観戦している余裕は無かった。仮に状況が分かっていたとしても、助勢は不可能だ。今のところ戦況は互角以上。だが一対三、数的不利は否めない。

 ベガの重力魔法を同種の魔法で相殺。レグルスの『レーザースナイピング』を『ミラーシールド』で反射。アークトゥルスの『ダンシング・ブレイズ』を『分子ディバイダー』で迎撃。一等星級隊員三人を相手に、三面六臂の奮戦を続けている。それは、カノープスの技量を以てしても苦しい戦闘だった。

 もしこれが本当の戦争であったなら、彼はここまで苦労しなかったかもしれない。カノープスが本気だったならば、既にベガは斃されていただろう。

 同格の隊長同士とはいえ、カノープス少佐とベガ大尉の間には、階級以上の実力差がある。カノープスは先代シリウスが健在の頃から、近距離の陸上戦闘ならばカノープスの方が強いのではないかと噂されていた猛者だ。こういう、お互いの姿が見えている真っ向勝負でベガに勝ち目はない。既にベガの顔には、リーナを相手にしていた時には視られなかった焦りの色が見え隠れしている。

 レグルスも、カノープスにとっては「無視は出来ないけれども本質的な脅威にはならない」相手だった。レグルスが使っている『レーザースナイピング』には、発動から発射までに一秒前後を要するという構造的短所がある。

 レグルスの持ち札はこれだけではないはずだが、彼は先程から何故か『レーザースナイピング』以外の魔法を使っていない。レグルスが自らの戦術の幅を狭めている限り、カノープスの技量を以てすれば、ベガと同時に相手取る事は難しくないのだ。




劇場版でも狂ってたしな……

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