劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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嫉妬から視野狭窄を起こしてるんだろうな……


掛けられた容疑

 天井は破れなかった。勢いに対して小さすぎる音を立てて揺れただけだ。リーナが咄嗟に自分の慣性を中和した、それが功を奏したのだ。だが完全では無かった。それなりの衝撃を受けてリーナが落下に転じる。今度は逆方向に、十倍の加速度が働いた。

 しかしリーナが、痛みに耐えて自身に減速魔法を掛け、それ以上のダメージを負う事なく彼女は床に復帰した。それだけではない。落下途中の空中から空気弾をまき散らす。殺傷力は乏しかったが、敵の牽制にはなった。

 

「シャル……」

 

 

 着地したリーナが崩れそうになる足を踏みしめて、自分を天井に叩きつけたシャル――シャルロット・ベガ大尉を睨みつける。

 

「へぇ……確実に仕留めたと思ったんだけど、さすがは元シリウスね。その魔法力だけは名前負けしてなかったと認めてあげる」

 

 

 今の攻防で、リーナの『パレード』は解けている。鮮やかな金髪碧眼の、凛々しさよりも可愛らしさが勝っている美少女が苦しげに息を荒げている。それを見て、ベガの唇に勝ち誇った笑みが浮かんだ。

 

「でも、随分苦しそう。男に迷って部下を売った裏切り者には相応しい姿だわ」

 

「だから! 裏切りなんて知りません! 第六隊に何があったのです! 男って何のことですか!?」

 

「お前、まだ!」

 

「良いじゃない。教えてあげましょうよ」

 

 

 潔白を主張するリーナにデネブが逆上し変えたが、ベガがデネブを制止した。そしてリーナに嘲りの目を向ける。

 

「貴女に掛けられた容疑は、日本の工作員に内通してマイクロブラックホール実験を再実施するように仕向け、警備に派遣した第六隊の三人を日本が企んだ人体実験の犠牲にした、というものよ。日本の戦略級魔法師、司波達也に籠絡されてね!」

 

「達也が?」

 

 

 リーナがそこに反応したのは、達也がそんな『無意味な事』をするはずがないと知っているからだ。わざわざスターズの人間をパラサイトにするなんて事をしなくても、達也ならばあっという間に無力化する事が出来る。むしろ、パラサイトにした方が厄介だという事は、リーナも先の件で重々承知している。

 だがベガとデネブにとっては、その名前を呟いた事で、ハニートラップに引っ掛かって裏切った証拠に他ならなかった。

 

「そうよ。ランディ、イアン、サムの三人は、夜中に正気を失って暴れているところを保護された。彼らは貴女の所為でパラサイトに憑りつかれていたわ!」

 

 

 ランディ――オルランド・リゲル大尉。イアン――イアン・ベラトリックス少尉。サム――サミュエル・アルニラム少尉。スターズ第六隊、通称オリオンチームの名を痛ましげに呼んで、ベガはリーナを鋭く睨んだ。

 

「やっぱり、パラサイトの発生原因はマイクロブラックホール実験……」

 

 

 その事実にショックを受けて立ち尽くしているリーナの姿も、ベガには白々しい演技にしか見えない。

 

「裏切り者には死を! 貴女がシリウスとして処断してきた隊員たちと、同じ結末を与えてあげる!」

 

 

 咄嗟にリーナが体勢を立て直すが、第六隊がパラサイトに憑依されたと聞かされ生じた動揺は、あまりにも大きすぎた。

 リーナは格納庫の奥から現れたベガに身体を向けている。入口に背を向けている。そして今、格納庫の外から、回転するトマホークがリーナの背中に迫っていた。アークトゥルスの攻撃が格納庫に侵入しようとしたその時、五十メートル以上に伸ばされた分子ディバイダーの刃が、魔法的に強化されたトマホークを斬り落とした。

 

「リーナ! 無事ですね!?」

 

 

 一秒未満のタイムラグで、格納庫の入口に現れた大柄な人影。

 

「ベン!」

 

「カノープス少佐……」

 

 

 リーナとベガが、それぞれの表現でその人物の名を呼んだ。

 

「少佐、貴方はそこの裏切り者の味方をするの?」

 

「リーナは裏切ってなどいない。ベガ大尉、君はパラサイトに騙されているのだ!」

 

 

 ベガの糾弾に、カノープスは少しも動じず言い返す。

 

「はぁ? 騙されるも何も、私は保護されたランディたちと言葉を交わしていないわ」

 

「そうではない! パラサイトは、っ!」

 

 

 カノープスはそのセリフを中断しなければならなかった。自分に襲いかかる高エネルギーレーザーの狙撃と、自由な曲線を描いて飛来する、新たなトマホークを撥ね返す為に。

 格納庫内に、突如スキール音が響く。今日使うはずだった実験車が急発進してリーナとベガ目掛けて突進してきた。右と左に分かれて、リーナとベガが跳ぶ。リーナの横に急停止した車の右前扉が、勢い良く開いた。

 

「リーナ、乗ってください!」

 

「ハーディ!?」

 

 

 助手席から呼び掛けてきたのは、スターズ第一隊二等星級、ラルフ・ハーディ・ミルファク少尉だった。リーナは反射的に、その扉に突っ込んだ。ミルファクが運転コンソールごと左にずれる。この実験車両はUSNAのように左ハンドルの国だけでなく、イギリスのような右ハンドルの国でも不自由が無いように運転コンソールが左右に動き、フロントシートも間に切れ目がなく一続きになっている。また、ペダルは無い。

 リーナがドアを閉めると同時に、ミルファクが車を発進させる。

 

「リーナ、いったん基地の外に脱出します!」

 

「えっ?」

 

「カノープス隊長のご指示です!」

 

 

 リーナにとっては寝耳に水だったが、彼女が最も信頼するカノープスの意見と聞いて、リーナの反論は封じられたのだった。




少し調べればわかるだろうに……

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