衝撃を受けた深雪とは対照的に、水波はじっと、光宣を見詰めるだけだった。
「魔法演算領域の損傷により、突然死のリスクが高まった。光宣はそう言いたいのか?」
「はい。達也さんもご存じだったんですね」
「調整体の突然死については、以前から調べていた。家族同然の人を、それで死なせてしまった事があるからな」
「そうでしたか……」
光宣はここでお悔やみを言うべきかどうか迷ったが、事情を知らない自分が何を言っても心が篭っていないような気がして思い止まった。実際、事情を知っているであろう深雪と水波が沈鬱な表情になっているのを見たのも、光宣が思い止まった理由でもあった。
「魔法演算領域の過熱が肉体に付随する情報体を揺さぶり、壊してしまう。情報体の損傷は、実体にフィードバックされる。通常であれば魔法演算領域の活動は、自分自身を壊してしまわない範囲に抑えられているが、調整体はこの安全弁がうまく機能していない。これが俺の、最も妥当だと考える仮説だ」
「僕もその説が正しいと思います。そして魔法演算領域のオーバーヒートは、常にそのセーフティの破損を伴うと考えています」
「セーフティの破損がオーバーヒートを招くと?」
「セーフティが壊れた結果オーバーヒートが起こるのか、オーバーヒートがセーフティを壊すのか、僕にも分かりません。ですが、因果はこの際関係ない。セーフティが壊れる。その結果こそが重要です」
前半のセリフに反して、光宣の顔に自信の欠如に伴う頼りなげな表情は見られず、彼は達也から視線を逸らさずに、言い切った。今、何が問題なのか、その核心を。
「そうではありませんか?」
「確かにそうだ」
光宣の主張を、達也は全面的に肯定した。
「光宣は、水波が意図せぬ魔法演算領域の異常稼働に突然見舞われて、深刻なダメージを受ける事を心配しているんだな?」
「そうです」
今度は光宣が、達也の言葉に頷く。
「水波さんの今の状態は、調整体の悲劇が現実のものとなる可能性が増大している。これが僕の考えです」
「しかし、魔法演算領域を修復する方法は無いと言わなかったか? それとも、セーフティだけは別なのか?」
光宣は、すぐに答えなかった。
「……光宣、お前は何か、解決策を持ってきたのだろう?」
達也が、更に突っ込んだ問いを投げ掛ける。光宣は達也の視線から逃れるように俯いた。
「……ええ」
その短い答えは、達也と目を合わせては出来ないものだったのか。
「それは、何だ?」
「………」
「光宣」
達也がスツールから立ち上がり、半歩、横に移動する。ベッドから離れるのではなく、ベッドに近づく。深雪と水波を、背中に庇うように。
「お前、何になった?」
光宣が俯いていた顔を上げた。達也を見上げ、唇の両端を吊り上げる。達也はその笑い方を忘れていなかった。それは京都で見た、周公瑾の笑みによく似ていた。
「――これなら、分かりますか?」
深雪が勢いよく立ち上がる。光宣の身体から漂い出た想子波動、妖気に、深雪は見覚えがあった。
「パラサイト!? そんな、まさか……!」
水波は瞬きを忘れて達也の背中を見詰めている。達也の身体に遮られて見えない、光宣へと視線が釘付けになっていた。
「心配しないでください。僕はパラサイドールを作った九島家の人間です。九島家の中でも、お祖父様に次ぐ第二位の魔法師。パラサイトを支配する方法は、会得しています」
光宣が立ち上がり、達也と深雪に笑い掛ける。その笑顔に、周公瑾の面影は無かった。だがその言葉を、達也が否定する。
「違うだろ。ナンバー・ツーじゃない。お前は九島家のナンバー・ワン。『九』を冠する魔法師の最高峰だ」
否定された意味が分からず視線で問いかけた光宣に、達也はニコリともせず、厳しい表情と抑揚に乏しい口調で答えた。その答えに、光宣は達也とは対照的に、純真な笑みを浮かべた。
「……嬉しいな。達也さんに認めてもらえるなんて」
その、相対する者の魂を抜き取るような笑顔にも、達也はまるで動じない。油断も、まるでない。
「嫌だな、そんなに警戒しないでください」
緊張が欠けているとすれば、それは光宣の方だった。彼は困惑顔で、目を泳がせている。
「パラサイトになっても、僕は僕のままです。自我に対する侵食は受けていません。人間を襲いたいなんて思ってませんし、それ以外にも、以前の僕には無かった欲求に苦しめられてたりしていません」
「だが、九島光宣は人間だった。今のお前はパラサイトだ」
「それは……そうですけど」
光宣は少し傷ついた表情を見せたが、すぐに気を取り直した顔で、強い確信を込めて、達也に、深雪に、水波に語り掛けた。
「それでも、僕は僕です。僕は今でも九島光宣です。正しく対処する知識と力があれば、パラサイトと融合しても自分を失う事はありません。僕はそれを、自分自身で証明出来ました。パラサイトになる事を、恐れる必要は無いんです」
「光宣、お前は、水波をパラサイトにしたいのか?」
達也が低い、それにも拘わらずはっきりと聞き取れる声で囁いた。そのささやきを聞いた深雪が、ずっと手にしていたハンドバッグから、素早くCADを取り出して構えたのを、光宣はしっかりと目撃した。
決定的にズレているんだよな……