昼過ぎから水波のお見舞いに行くために、深雪は午前中で生徒会の業務を終わらせた。
「深雪先輩、随分とお急ぎのようですが、この後何かご予定でもあるのですか?」
「水波ちゃんのところに行こうかと思ってるのよ。だから、急いで生徒会業務を終わらせて、お部屋の掃除とかをしてから水波ちゃんのところに行こうかなって」
「お掃除ですか? 深雪先輩のお家なら、いつでも綺麗なイメージなのですけど」
「今日は達也さん、深雪の家に泊まる日だからね」
「司波先輩も大変ですね。一日おきに家が変わるんですから」
ほのかの言葉に、詩奈が少し同情的な意見を出したが、泉美は羨ましそうに達也が普段座っている席を睨みつけた。
「深雪先輩と同じ部屋で一夜を過ごすだなんて……なんとも羨まし――いえ、素晴らしいのでしょうか」
「泉美、ボクたちは絶対にあり得ないからね?」
「香澄ちゃんは、司波先輩と一緒のお部屋で一夜を過ごす可能性はあるのではないのですか? というか、まだそういう事はしてないのですか?」
「してないよ!? というか、してたとしても言うわけ無いじゃん!」
「お姉様なら、喜々として言いそうですけど?」
「お姉ちゃんはね……羞恥心の持ちどころがおかしいから……」
実の妹にここまで言われる真由美に、深雪は少し同情したが、確かに真由美は変なところで豪胆で、変なところで羞恥心を懐いていたなと思い直し、何も言わずに二人の会話を見守ることにした。
「とりあえず、達也先輩が高校を卒業するまではそういう事はしないって聞いたよ? お姉ちゃんなんかは早くしてほしいとか言ってるのを聞いたことが――」
「香澄ちゃん、それ本当?」
「は、はひぃ!? 鈴音さんとお酒を呑んでた時にぽろっと言ってたのを聞いたので、本気かどうかは分かりませんが……」
香澄としては普通の話のつもりだったのだが、深雪の雰囲気に気圧され声が裏返る。よく見ればほのかも不機嫌そうな表情を浮かべているので、香澄は話題をミスったと漸く理解した。
「ま、まぁお酒の席での冗談でしょうし、お姉ちゃんだって達也先輩の立場は理解しているはずですから」
「そうだと良いのだけど」
「と、ところで会長。水波のお見舞いに行くなら、急いだほうが良かったんじゃないんですか? 何時までもお喋りしてて大丈夫なんですか?」
苦し紛れの提案だったが、香澄のこの言葉は深雪に有効で、彼女は思い出したように立ち上がり、身の回りを片付け始めた。
「それじゃあほのか、後はお願いね」
「うん、水波ちゃんにお大事にって言っておいて」
「分かったわ。でも、この前もお見舞いに来てくれたばっかりじゃないの」
「それでも、心配なの」
深雪とほのかのやり取りを、香澄は生きた心地のしない気分で聞いていたのだった。
部屋の掃除を済ませ、何時でも達也を出迎える準備を整えていたら、いつの間にか十五時近くになっていた。深雪は軽く身支度をしてから、水波が入院している病院へと向かい、顔パスで中に入った。
「水波ちゃん、入っても良いかしら?」
『深雪様ですか? どうぞ』
いい加減このやり取りも慣れてきたと、深雪は笑みを浮かべながら扉を開き、水波の顔を見て表情を改める。
「水波ちゃん、あんまり無理しちゃダメよ? 毎回言っているけど、無理に起き上がろうとする必要は無いんだから」
「いえ、深雪様を前にみっともない恰好では申し訳がつきませんので」
「水波ちゃんは私と、何より達也様を助けてくれたからそういう状況になってるの。だから、水波ちゃんが寝たままだったとしても、本家の誰も文句は言わないし、言わせないわ」
「深雪様……」
深雪がそこまで自分の事を想ってくれていると知り、水波は感動で言葉を詰まらせる。まさかそこまで感動されるとは思っていなかった深雪は、急に恥ずかしくなり別の話題を探した。
「そういえば達也様は? 先にお目見えになられてるはずだけど」
「達也さまでしたら、先生とお話があると先ほど出て行かれました。何やら深刻そうなお顔をされていたので、何の話かは聞けませんでしたが」
「そうなの? まぁ、達也様なら何とかしてくださるでしょうから、水波ちゃんはゆっくりと身体を治す事だけを考えて」
「ですが、私が抜けたことで、生徒会の作業はより大変になられているのですよね? ただでさえ達也様がお休みになられているのですから」
元々達也がいた時と比べて一人当たりの仕事量は増えていた。ましてや達也がいてくれるだけで精神的に安心出来て作業が出来ていたからこそ終わっていた仕事が、達也が抜けたことでかなりギリギリな時間までかかるようになり、そこに自分まで抜けてしまった事を、水波は凄く反省しているのだ。
「泉美ちゃんや詩奈ちゃんも頑張ってくれてるから大丈夫よ。それに、水波ちゃんがお休みしなければならなくなった原因の一端は私にあるのだから、水波ちゃんの分まで頑張ってるわよ」
「そのような事は……私が未熟だったからこのような結果になったわけで、深雪様の所為では――」
「私があの日、達也様の別荘に行かなければ、水波ちゃんはこんなことにはならなかったはずよ」
「深雪様……」
深雪がそこまで思いつめているとは思っていなかったので、水波はそれ以上否定の言葉を言えなかった。
そして気にし過ぎだな……