劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1496 / 2283
開始する前に気づければ……


実験開始

 アークトゥルスたちが警戒をしている中、不審者は既に研究所へ侵入していた。いや、正確にいうのなら発見されていないのではないく、不審者として認識されていなかった。それも当然で、侵入した不審者は、国家科学局が発行した入構パスを所持していたのだ。父親の伝手で見学者のパスではなく臨時職員のパスを手に入れたレイモンド・クラークは、研究所の事務棟の屋上で加速器の偉容を眺めていた。

 ありもしない「日本の工作員の関与」をでっちあげて、今回の実験を実施するよう仕向けたのはレイモンドだ。彼は達也に対抗する戦力を造り上げる為、パラサイトを再び呼び出そうと考えた。その為にレグルスの復讐心を利用した。

 友であるフォーマルハウトが無残に処刑された事に納得出来ないままだったレグルスの、やり場のない怒りに行き先を与えた。それだけでレグルスは、レイモンドの期待通りに踊ってくれた。

 魔法師として自分よりはるかに優れたレグルスが、アークトゥルスが、自分の書いた脚本で茶番を演じている。自分が企画した舞台で喜劇を演じている。それをレイモンドは見学に来たのだ。ただ、その喜劇には笑えない、深刻な結末が用意されている。それをレイモンドは、確かめに来たのだ。フリズスキャルヴによる中継では満足出来ず、直に、ただ好奇心と、達成感を満たす為に。本物の職員は皆、二度と機会は無いと思っていたマイクロブラックホール実験に掛かりっきりだ。何もせず屋上の手すりに両肘をついているレイモンドを咎める者はいなかった。

 

 

 

 

 午前十一時。実験の予定時刻だ。実験自体に、スターズは関与しない。加速器の管制室にいるレグルスも、口出しはしないし、出来ない。素よりレグルスには、実験に口出しするつもりは無かった。成功しようが失敗しようが、関心は無い。彼の心は、フォーマルハウトを陥れたものへの復仇心で占められていた。パラサイトを呼び出す実験を唆した工作員だけではなく、工作員を捕まえ、その背後にいる組織を突き止め、叩き潰す。彼は強く、純粋に、それを念じていた。

 

「今のところ、実験を妨害したり怪しい動きを見せているやつはいない、か……」

 

 

 怪しい真似をする者がいないかどうかレグルスが目を光らせている中、実験を取り仕切っている科学者が加速器の始動を告げた。膨大な電力を呑み込んで、線形加速器が稼働を始める。加速器両端に陽子ビームを注入し、正反対方向へ衝突軌道で加速する。

 一回の実験は一瞬で終了する。それを望まれているデータが得られるまで何度も繰り返すのだが、今日は最初の試行だけで二回目が行われることは無かった。加速器にトラブルがあったのではない。一回で、実験が成功したからだ。

 実験開始の声が聞こえた直後、加速器の管制室にいたレグルスの視界を闇が覆う。停電か、とレグルスは一瞬疑った。疑問を覚えたのは、一瞬の事だった。次の瞬間、レグルスは強い痛みと圧迫感を覚えた。「何か」が「自分」を侵食している。自分の中に、無理矢理押し入ろうとしている。

 

「何が起こっているんだっ!?」

 

 

 物理的なものではない。肉体への侵入ではないと、彼は直感的に理解した。しかしだからと言って、訓練で受けた精神干渉攻撃とは痛みの種類がまるで違う。もしレグルスが経験のある女性であったなら、破瓜の痛みに似ていると思ったかもしれないが、彼は男性だ。この苦痛を何に喩えれば良いのか、思い当たる者は無かった。

 レグルスは痛みよりも自分の中に自分以外のものが入ってくる気持ち悪さから逃れようと、「何か」を押し戻そうと、もがいた。精神干渉系魔法に適性が無いレグルスは、手足を操るように神経を動かす方法を知らない。その代わり精神干渉系魔法に対抗する為の想子操作や、無系統魔法、果ては自分自身に得意の放出系魔法による電撃を浴びせることまで試みた。

 しかし、精神干渉系魔法への対抗技術や無系統魔法は侵入者に対して効果が無かった。自爆的な雷撃魔法は、発動さえしなかった。

 侵入が進んでいく。侵入してきた「何か」から、それ自体の意思は感じなかった。ただ、「何か」が自分と混ざり合っていく。「侵食」は何時の間にか、「同化」に変わっていた。痛みが消えていき、圧迫感が薄れていく。

 

「(まさかこれは、パラサイト!? しかし、工作員が現れていないのに何故、こんなことになったというんだ。……日本の工作員の仕業ではなく、誰か別の人間が仕組んだとでも言うのかっ!?)」

 

 

 レグルスの自我が悲鳴を上げる。自我が薄れ行くのを感じながら、レグルスは真相にたどりついた。急激に恐怖が湧きあがる。しかしそれは、消えゆく蝋燭の、最後の光輝に似て、急激に静まった。

 恐怖も、架空の工作員に対して懐いていた怒りも意識の水底に沈み、心に凪が訪れる。

 

「(――私はジェイコブ・レグルスと呼ばれている。――私は/私たちは、この世界の人間から『パラサイト』と呼ばれてる)」

 

 

 こうしてレグルスは、真相にたどりつきそうなところで自我を失い、パラサイトとなった。




時すでに遅し……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。