伊豆高原に対する攻撃の失敗以来、エドワード・クラークはベゾブラゾフに度々電話を掛けているが、ずっと捉まえられずにいた。
『やはりベゾブラゾフ博士にはつながりませんか』
「ええ、サー・ウィリアム」
クラークが会話しているのは、イギリスのマクロードだ。クラークのいるロサンゼルスは真夜中、マクロードがいるロンドンは早朝だが、ベゾブラゾフがモスクワにいるのか極東にいるのか分からない為、クラークも時間がどうこう言っていられないのである。
「残念ながらベゾブラゾフ博士は、こちらとのコンタクトを拒むつもりのようです」
『仕方ありませんね……博士は我々と敵対する東側の人間だ。彼と私たちは同床異夢。独自の行動を取ると決めたベゾブラゾフ博士をコントロールするのは、最初から無理だったのでしょう』
「そうなるとやはり、ベゾブラゾフは再攻撃を諦めていないと?」
クラークの使う呼称が、「ベゾブラゾフ博士」から「ベゾブラゾフ」に変わった。その事にマクロードも気づいたが、特に何も言わなかった。
『そうでしょうね。あくまでも実力行使で、質量エネルギー変換魔法を葬り去るつもりなのでしょう』
「もう少し待ってくれればいいものを……」
待ったところで自分たちに有利な流れになるとは決まっていないのだが、クラークは思わず自分の髪を乱暴にかき回しながら悪態を吐く。
「サー・ウィリアム……成功の見込みはあるのでしょうか?」
『見込みはあると思います。ただ、五分五分でしょうね。前回は良いところまで追いつめたようですが、司波達也の実力がどの程度のものか、私たちには分かっていません』
「司波達也の魔法力次第だと? ……確かに、その通りですね」
マクロードの推測は甚だ心許ないものだったが、クラークはそれに頷く以外なかった。
『クラーク博士。貴方の「フリズスキャルヴ」でも、司波達也の実力は分からないのですか?』
「……残念ながら。『アンタッチャブル』の異名は、伊達では無かったようです」
「アンタッチャブル」は四葉家の異名。達也が表舞台に登場する以前から、彼とは無関係に、いずれ葬り去らなければならない相手として、クラークは四葉家をターゲットにしていた。真夜にフリズスキャルヴの端末が渡ったのは、実を言えばクラークが四葉家の情報を収集する為だった。
しかし四葉家の当主は、クラークが思うようには踊ってくれなかった。四葉真夜の使用履歴からは、司波達也の能力も他の分家魔法師の能力も詳しい事が殆どつかめなかった。
『そうですか……』
失望したように、マクロードが嘆息する。マクロードに侮辱の意図は無かったが、クラークのプライドは大いに傷つけられた。
『こうなっては、ベゾブラゾフ博士の再攻撃が成功するよう祈るしかありませんね……クラーク博士、夜分遅く、失礼しました』
「いえ、呼び出したのはこちらですから。朝早くから申し訳ありませんでした」
『私の方は普通に起きている時間でしたよ。それでは博士、良い夜を』
「はい、サー・ウィリアム。良い一日を」
マクロードとの電話が切れる。マクロードは最後に、定型句として「良い夜を」を使ったが、クラークは到底安眠出来る気がしなかったのだった。
クラークが頭を悩ましているのとほぼ同時刻、USNA軍の宿舎で寝泊まりをしているリーナもまた、不穏な空気を感じ取っていた。
「何だか軍内部がピリピリしてる気がするのよね……私の事を敵視するような人もいるし……」
表向きは軍を抜けていない事になっているとはいえ、リーナは既に軍とは無関係の人間だという事は、スターズ内部だけでなく、USNA軍内部でも広く知れ渡っている。そのリーナが軍の宿舎を利用しているのが面白くないと感じる人間がいてもおかしくはない。だが、あそこまで敵視されるような覚えは、リーナには無いのである。
「達也が襲撃されたって聞いた時、確かに私は動揺したし、USNAから見れば邪魔でしかない戦略級魔法『グレート・ボム』の使い手だし、USNAが手を下さなくても無力化出来たと思いたいのも分からなくはないけど、今は私の婚約者なわけだし、ホッとしても仕方ないじゃないのよ」
リーナが元スターズ総隊長であることと、USNAを見限り日本に帰化した事が面白くないと感じる女性士官がいる事は、リーナも理解していた。だがリーナはそこまで恨まれることをしたとは思っていないし、彼女たちが結婚出来ないのを自分の所為にされたくはないと感じている。その思いが顔に出ているから、余計に睨まれているという事に、リーナは気付いていないのだった。
「女性士官たちの視線もそうなんだけど、何か別の嫌な事が起こってるような気もするのよね……スターズだけじゃなくて、USNA軍全てを巻き込んだ何かが起こりそう……そんな気が……」
リーナには精神干渉系魔法の適性は無いし、予知も出来ない。だがどことなく良くない空気が漂っている事には気付いていたのだった。
「明日の朝、ベンにでも相談してみようかしら……ベンに時間があればだけど」
自分とは違いカノープスは現役の軍人だ。早朝から訓練だったりがあるので、そう簡単に時間は取れないだろうと自分の中で納得して、リーナは胸騒ぎを押さえつけてベッドに倒れ込んだのだった。
次の朝には忘れてるんだろうな……