劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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こっちでもちょっとした騒ぎに……


久しぶりの教室

 魔工科の昇降口は二科生側にある。これはA組~D組、E組~H組で昇降口が分かれているからで、校舎の構造上仕方がない事だ。

 深雪、ほのか、雫、幹比古と前庭で別れて、達也はエリカ、レオ、美月と共に教室に向かった。

 

「(三年E組の教室も久しぶりだ)」

 

 

 そんな事を考えながら達也が教室に入る。なお、エリカとレオはF組なのだが、そのままE組についてきた。

 

「机は残っていたんだな」

 

 

 窓際の席に着いた達也の口から、皮肉ではなく素朴な感想としてそんなセリフが零れる。エリカたちは何とも言えず、苦笑いを零した。美月が隣の席に腰を下ろして、身体ごと横座りに達也へ向き直る。

 

「恒星炉のプロジェクトの方はよろしいんですか?」

 

「いや、もちろん忙しい。だから毎日通学するのは難しいかもしれない」

 

「何だ。司波君が完全に学業に復帰したのかと思ったのに」

 

「千秋か。心配をかけたな」

 

「別に……私の事より、お姉ちゃんが心配してたから後で電話でもしてあげて」

 

「電話じゃなくても、今日はそっちに帰るつもりだから、顔を見せた方が安心するだろ」

 

「それじゃあ、完全にこっちに戻ってくるの?」

 

「暫くは深雪の家と新居を交互に――といった感じか。水波が復帰するまでは仕方がない事だから、エリカもそんな顔するな」

 

 

 達也の言葉を聞いていたエリカが不貞腐れたのを目敏く気づき、すぐにフォローを入れる。

 

「そうだよ、エリカちゃん。たまにでも来てくれるんだから、今はそれで満足しておこうよ」

 

 

 千秋に割り込まれて言えなかったことを言った美月の表情は、何処か寂しそうだったが、すぐに笑顔でそれを隠した。その事に気付いたエリカだったが、その事を指摘する事は無く、すぐに切り替えたように笑顔で頷いた。

 

「朝と帰り、深雪のエスコートだけでも良いから毎日来てよ。やっぱり、達也くんがいないと何か物足りないのよね」

 

「深雪のエスコートか」

 

 

 学校の意義を丸ごと無視したエリカのセリフに、達也は苦笑いを禁じ得ない。しかしエリカが言ったことは、意外に核心をついていた。

 

「達也くんの婚約者組は、達也くんが一高にいないと何のために通ってるのか分からないって文句を言いだしそうな雰囲気だったからね。その内この教室に――」

 

「達也様っ!」

 

「――ほら来た」

 

 

 一科の教室の方から早足で――それでも優雅さは失わずに、愛梨がE組にやってくる。彼女の後ろには、栞、沓子、香蓮の姿も見受けられる。

 

「お戻りになられたのですね!」

 

「まだ完全に復帰したわけではないが、こうして顔を出す程度には落ち着いたからな」

 

「恒星炉のプロジェクトですが、我が家でも全面的に協力させていただきますわ! 本当ならもっと早くにお伝えしたかったのですが、家の者を説得するのに時間がかかったのと、説得し終えた時には達也様は伊豆に住まわれていたので、タイミングを逸していましたの……」

 

「一色家だけじゃない。十七夜家も、四十九院家も、九十九崎家も達也さんのプロジェクトを支援する」

 

「あのUSNAの計画は嘘臭さがプンプンするからのぅ。その点、達也殿の計画は実に素晴らしい。魔法師の未来を広げる、いい計画じゃとワシも思う」

 

「そんなこと言って……私に達也様の計画と、USNAの計画の説明を求めてきたくせに」

 

「これ香蓮! その事は内緒じゃと言ったじゃろうが!」

 

 

 実に何時も通りなやり取りを繰り広げる四人を見て、達也は少しホッとした表情を浮かべる。婚約者の家の中には、自分の計画に反対してディオーネー計画に参加しろと言ってくる家もあるのではないかと思っていたのだが、どうやらそれは杞憂だったと分かったからである。

 

「話は戻るんだが、達也。桜井は結構悪いのか?」

 

 

 三高女子たちの盛り上がりが一通り済んだところで、レオが水波の容態を気にした。彼が水波の不在を気にするのは、彼女が部活の後輩だからだ。

 

「後遺症が残らないと医者は言っている。だが、少し掛かりそうだ」

 

「そうか……」

 

「桜井さん、そんなに悪いのですか?」

 

「あんまり心配し過ぎると、今度は水波が心苦しく思うだろうから、そんなに深刻な顔はしないでくれ」

 

「俺は見舞いにはいかないが、お大事にと伝えておいてくれ」

 

「ああ」

 

 

 レオが気にしているのは水波の容態だが、達也の場合はそれだけではない。無論、純粋に回復を願っているのは嘘では無いが、それと同時に深雪の護衛をどうするかという点も達也は気になっていた。

 昨日は一人で登下校させた。深雪に危害を加えられる者など、魔法師にも非魔法師にも滅多にいないだろうし、近くにいなくても達也は深雪を守る事が出来る。

 だが、側に人がいるだけで避けられるトラブルもある。幾ら四葉家でも今から校内に人を送り込むのは難しいだろう。いや、職員や事務員としてなら可能かもしれないが、いつも側についている生徒を用意するのは不可能だ。登下校時だけでも自分がエスコートするというのは、達也もエリカに言われる前から考えていた事だった。

 

「そういえば、十三束君が達也くんの事を探してたみたいだから、その内何かあるかもね」

 

「あぁ、それは聞いてる。御気の毒だとは思うが、俺はディオーネー計画には参加するつもりは無い」

 

「分かってるって。あれは、十三束君の暴走だもんね」

 

 

 そう言い残して、エリカとレオは隣の教室へ、愛梨たちは一科の教室へ戻っていったのだった。




有名人は大変だなぁ……

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