劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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どっちも覗きには違いないが……


観測者と監視者

 達也が滞在している別荘の周りには、半径およそ一キロメートルに渡って結界が張られている。四葉分家、津久葉家による精神干渉魔法フィールドだ。魔法師かそうでないかを問わず、精神干渉魔法に耐性が無い人間は無意識の内に避けてしまう人払いの陣。その心理防壁を越えて内部に侵入した者があれば、それを術者に伝える対人センサーの役目も兼ねている。

 だが昨晩の深更からその結界内に、一台の特殊車両が駐まっていた。可変サスペンションを備えた迷彩柄の装甲車。一目見ただけで分かる国防陸軍の軍用車両だが、津久葉家の術者はその存在に気付いていない。

 可変サスペンションを限界まで下げ、ほとんど接地した状態でトゥマーン・ボンバの爆風に耐えた装甲車の車内には四人の軍人が乗っている。

 

「……想子センサーに新たな反応はありません。遠距離魔法による攻撃は終了したものと思われます」

 

 

 そのうちの一人が助手席に座る指揮官に向かってそう報告した。

 

「そうか」

 

 

 助手席の指揮官、国防陸軍第一○一旅団独立魔装大隊の隊長である風間中佐は、大隊の中から選抜した部下に振り返らず応えを返す。風間は別に、横着しているのではない。隊長という立場と階級を考えればおかしな態度ではないが、彼が振り向きもしなかったのは取り込み中だからだ。

 風間は瞼を半ば閉じ、両手で印を結び背筋を伸ばした姿勢で、もう何時間も身動ぎ一つしていない。装甲車を駐めてからではなく、走行中もずっとだ。車体の揺動が風間にだけ伝わっていないかの如く、彼の上半身、鳩尾から上は地球の重力に対して垂直を保っていた。

 装甲車が津久葉家の結界に引っ掛からなかったのは、風間の術によるものだった。

 

 認識阻害魔法、天狗術『隠れ蓑』

 

 

 見えているのに見ない。聞こえているのに聞かない。光や音波を遮断、あるいは攪乱するのではなく、意識に干渉し「そこにいない」と思い込ませる魔法。津久葉家の侵入者を感知する結界に対して、結界に触れたことを術者に認識させない魔法で対抗しているのだ。装甲車の存在を覚られていないのは、風間の天狗術が津久葉家の結界を上回っているからに他ならない。

 風間が身動ぎも出来ず念を凝らしているのは、津久葉家の結界に対抗する為には他の事をしている余裕がないからだ。『大天狗』の異名を取る風間の実力を以てしても、四葉の術者に対抗するのは容易ではないという事だった。

 

「撤収する」

 

「了解しました。観測終了、撤収準備」

 

 

 風間の短い命令を受けて、運転席の士官が後ろを振り返り指示を伝える。各隊員が自分の担当する観測機器からデータを記録したメディアを取り出し、保護ケースに格納する。機器をサスペンド状態にした二人の下士官から「撤収準備完了」の声が次々に届いた。

 

「車体を上げます」

 

 

 運転席に座る士官の声と同時に、サスペンションが装甲車を持ち上げる。地面すれすれまで床を下げて駐車していた装甲車が、オフロード走行モードに切り替わった。

 

「発進準備完了」

 

「むっ? 待て」

 

 

 装甲車を動かす許可を求めた士官に、風間はスタートの許可を出さなかった。印を結んだまま、半ばまで閉じていた目を開く。装甲車の外部マイクが接近するモーター音を捉えたのは、その直後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が滞在している別荘の周りには、人を寄せ付けない為の結界が張られている。それをコントロールしている小屋には、四葉分家・津久葉家の術者が交代で詰めていた。この日、津久葉家次期当主であり、達也の婚約者の一人でもなる夕歌が小屋に滞在していたのは、単なるローテーションの結果だった。

 とはいえ、徹夜の番を跡取りにやらせるほど、津久葉家はこの任務に緊急性を認めていなかった。強烈な魔法の波動に覚醒を強制された夕歌は、パジャマにガウンを纏った寝起きの姿で儀式室に飛び込んだ。

 

「被害状況を報告しなさい!」

 

 

 次期当主のラフすぎる姿に若い男性の術者は顔を引きつらせた。夕歌の格好に露出度はゼロだったので、ちょっとした動揺だったのだろう。

 

「地上部分は全壊に近いと思われます」

 

 

 だが問われた事には、しっかりと答えを返している。なお彼らが落ち着いて会話出来ているのは、寝室も儀式室も地下に造られているからだ。この監視小屋は――別荘の監視ではなく、別荘に近づくものを監視する為の小屋である――地下が本体で、地上部はカモフラージュ用だった。

 

「原因は?」

 

 

 夕歌は魔法の波動に叩き起こされた。何が起こったのか聞かなくても見当は付いていたが、万に一つ、自分が寝ぼけていた可能性を考慮して夕歌はそう尋ねた。

 

「極めて強力な遠距離魔法による攻撃です。上空で爆発を起こし、衝撃波を集束させたものと推測されます」

 

「衝撃波を集束? 魔法で?」

 

「いえ、爆発自体をそのような結果になるようコントロールした模様です」

 

「ふーん……」

 

 

 正直なところ、夕歌にはそのメカニズムが良く理解出来なかった。だがそれだけの威力とコントロールを両立させる魔法の正体であれば心当たりがある。

 

「トゥマーン・ボンバかしら?」

 

「おそらくは」

 

 

 部下の術者も、同じ意見だった。

 

「達也さんと深雪さんは?」

 

「別荘に被害はありません。ご無事かと思われます」

 

 

 それを聞いて、夕歌が訝し気に眉を顰めた。




風間たちは達也に内緒で、夕歌たちは知られていますからね

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