劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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暴走としか言いようがない……


十三束の暴走

 水曜日の放課後、十三束鋼が生徒会室を訪れた。部活連会頭の五十嵐鷹輔が生徒会室に足を運ぶことは珍しくなかったが、十三束の来訪はあまり例がない事だった。

 

「達也様が次に登校されるご予定ですか? あいにく、伺っておりませんが」

 

 

 次に達也が登校するのは何時か、という十三束の質問に深雪が不本意そうな表情で答える。その回答は嘘では無いし、その表情は演技ではない。達也が登校していないのは記者会見によって世間の風向きがどう変わったのかを、しばらくの間観察する為だ。通学の再開は世間の風向き次第であり、「何時から」という予定は達也本人にも立てられない。そして深雪は、達也が自由に登校出来ない現状に対して、日に日に不満を募らせていた。

 

「じゃあ……司波君が今何処にいるのか、教えてもらえないでしょうか」

 

「達也様に何かご用事なのですか?」

 

 

 訝し気な声音で深雪が反問する。彼女でなくても、十三束の様子はおかしいと感じただろう。態度に余裕がないし、自分の都合を相手に押し付けるような話の持って行き方は、十三束らしくなかった。

 

「あっ、すみません。えっと……司波君と、話をしたい事があって」

 

「お話しですか? よろしければ私が伺いますけど」

 

 

 十三束は視線を左右に彷徨わせた。暫くそうやって躊躇していたが、そう長くない迷いの末に深雪と正面から目を合わせた。

 

「母が倒れたんです」

 

「お母様が!?」

 

「あ、いえ、倒れたと言っても命に別状はありません。急性の胃潰瘍で……一ヶ月程安静にしていれば退院出来るそうです」

 

「そうですか……お大事になさってください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 深雪のお見舞いの言葉に謝辞を返した後、十三束はまだ何か言いたそうにしていた。言葉を選んでいる十三束に先んじて、泉美が彼に話しかけた。

 

「十三束先輩のお母様は、確か魔法協会の会長を務めておいででしたよね?」

 

「そうだよ、七草さん」

 

「お母様のご病気は、心因性のものですか?」

 

「……医者は、ストレスによるものだと言っている」

 

「つまり十三束先輩は、お母様のご病気は司波先輩の所為だと仰りたいのですね?」

 

「そこまで言うつもりは無い!」

 

 

 言い返す十三束の顔は赤い。泉美の指摘が全くの的外れではない証拠だろう。自分が興奮していることを自覚した十三束は、深呼吸で間を取った。

 

「……母はこのところ、政府から厳しく責められていたそうです」

 

「達也様の事で?」

 

「そう、ですね。エネルギープラント計画を取り下げてディオーネー計画に参加するよう、司波君を説得しろと」

 

「何それ!」

 

 

 ほのかが声を荒げる。理不尽だというのは同感だったようで、泉美も詩奈も、冷たい眼差しを十三束に向けていた。

 

「そんな事をこの場で言っても良いのですか? 秘密にするよう求められていたのでは?」

 

「……確かにオフレコだって言われてましたけど、家族を病院送りにされたんです。関係者に事情を明かすくらい構わないでしょう」

 

 

 吐き捨てるような口調は「政府関係者」に対する十三束の憤りを示していた。

 

「母の入院を司波君の所為にするつもりはありません。司波君の責任にするのはおかしいというくらい、僕にも分かります」

 

 

 再び泉美が、深雪の疑問を代弁する。

 

「僕は政府の思惑に関係なく、司波君はディオーネー計画に参加するべきだと思っている。人類の未来にとって間違いなく有意義な計画だし、USNAは司波君を最大限の名誉ある待遇で迎えようとしているじゃないか。彼にもいろいろとやりたい事があったかもしれないけど、ここは日本の為にも日本の魔法師の為にもUSNAの招待を受けるべきだと思う。今までは当事者じゃないから黙っていたけど、家族がここまで関わったとなれば僕も関係者だ」

 

 

 十三束の論法に賛同する者は、生徒会役員の中にはいなかった。だが彼の演説を遮る者もいなかった。

 

「政府な理不尽な要求に従う恰好になるのは癪だけど、ディオーネー計画に参加するよう司波君を説得したい」

 

 

 十三束の主張が一段落したのを確認してから、深雪は口を開いた。

 

「そのような目的でしたら、お教え出来ません」

 

「えっ……?」

 

 

 十三束はまさか断られるとは思っていなかったのだろう。深雪の回答が理解出来ないという顔で、彼女を見返している。

 

「ですから、そのような目的であれば、達也様のお住まいを教えるわけには参りません」

 

「何故……」

 

「何故といわれましても……達也様の妨害をすると分かっているのに、協力するはずがないでしょう」

 

「だって、司波君一人の我が儘で、皆に迷惑を掛けて良いはずがない! 司波君が少し我慢すれば、全部丸く収まるんだ!」

 

「我が儘と言いますか……十三束君、お母様が倒れられた所為で我を失っているようですね。今日のところはお引き取りください。それがお互いの為です」

 

 

 深雪は呆れている事を隠そうともしなかった。普段の十三束はむしろ我が弱いくらいで、こんなに独善的な事は口にしない。深雪はそれを知っているから、平和的な解決を図ったのだ。 

 達也が侮辱されて穏健な手段で済ませるのは、彼女としては異例の譲歩だ。魔法が暴走しなかったのは、誓約の解呪により本来の魔法制御力を取り戻していたからだった。




何故教えてもらえると思ったのか……

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