劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1405 / 2283
この二人が一番しっくりくる


二人の空気

 調布のビルに到着した達也を、深雪は嬉しそうな顔で出迎えた。後ろに雫がいるのをまったくもって無視しているのではないかと思うくらい、彼女の視界には達也しか入っていなかった。

 

「おまちしておりました、達也様」

 

「今日はよろしく頼む」

 

「はい。達也様のお世話は、この深雪が全て担当しますので」

 

「達也さま、北山様、荷物をお預かりいたします」

 

「あら水波ちゃん。達也様の荷物は私が運ぶから、水波ちゃんは雫の分をお願い」

 

 

 一応自分の事は認識してくれていたのかと、雫はこの時になって漸く気が付いた。幾ら深雪でも達也の事だけを見ているわけではないのかと、どことなく安心したのと、気付いていながら声を掛けてくれなかったのかと、少し不満を覚えたが、深雪がこの時をどれだけ楽しみにしていたのかが分かるだけに文句は言えなかった。

 

「それにしても達也様。魔法協会へのご用事は片付いたのでしょうか?」

 

「面と向かって不参加を表明したからな。これでどう動くかは俺にも分からない」

 

「もし達也様の邪魔をしようとする輩が現れたら、私が身の程を弁えるよう躾けますので」

 

「別にそこまでする必要は無いんだがな」

 

 

 口では呆れているような風を装っているが、達也の表情は明るい。深雪が冗談を言っているのだと理解しているからこそ、達也も笑っているられるのだ。

 

「さしあたって問題なのは、マスコミの方たちですかね。達也様のプロジェクトを是としているメディアは問題ないのですが、何処にでも認められない方たちというのは存在しますから、一高に乗り込んでくるようでしたら私が何とかします」

 

「さすがにそこまではしないだろう。今やメディアはディオーネー計画とESCAPES計画のどちらを支持するかで分かれているからな」

 

「ディオーネー計画を支持しているメディアの殆どが、魔法師に否定的な報道をするメディアですから、達也様の発表されたESCAPES計画の素晴らしさが理解出来ないのでしょう」

 

 

 深雪の断定的な口調に、達也は少し懸念を懐いたが、それを口にすることはなかった。何を言ったところで深雪が自分の味方でしかないのだから、視野を広げて考えろと言ったところで変わらないという事を達也は知っているのだ。もちろん、自分が逆の立場に立たされても、絶対に深雪の味方をするだろうと達也は理解しているので、あまり人の事は言えないのだ。

 

「達也様」

 

「何だ?」

 

「一高内にも、達也様のプロジェクトに批判的な考えを持っている輩が存在します。それが片付くまで達也様は一高に通うのは避けた方がよろしいかと……もちろん、達也様がそのような雑音で惑わされるなどとは思っていませんが、煩わしいのではないかと思いますので」

 

「別にその程度で煩わしいとは思わないさ。それに、もう少し落ち着かないとどっちにしろ通えないからね」

 

 

 まだ片付けなければならない事は多いので、達也としては一高を面倒に巻き込むつもりは無い。別に全員を守らなければいけないとか、そのような使命感に燃えているわけではない。達也にとって、一高に通っている大半はどうでもいいとしか思っていないのだから。

 

「エドワード・クラークはどう動いてきますかね?」

 

「そっちよりも気にしなければいけないのはベゾブラゾフの方だ」

 

「……自分の意に介さない達也様を始末しようと動くと?」

 

「最悪の場合は、あり得るだろうな。だから、ロシアの動きがはっきりするまで、俺は人気の多い場所にはいかないつもりだ」

 

「お手伝いします!」

 

 

 達也としては深雪を巻き込むつもりなど無いので、この申し出は断りたいところなのだが、深雪の決意に燃える瞳を見てそれは諦めた。こうなった深雪を留めるのは、いくら達也であっても困難を極める。不可能に近いのだ。

 

「……分かった。ただし、危険だと判断したらすぐに帰ってもらうからそのつもりで」

 

「達也様の側程安全な場所は無いと思いますが?」

 

「敵が何処から攻撃してくるか分からないんだから、俺の側にいない方が安全だと思うが」

 

 

 ベゾブラゾフが狙ってくるのは、間違いなく自分なのだからと、達也は言外に深雪を遠ざけようとしたのだが、深雪は達也の意図を理解して尚側にいたいと言っているのだから、達也の忠告は深雪には届かなかった。

 

「自分の身は自分で守ります。ですから、達也様のお側にいさせてくれませんか?」

 

「……仕方ないね。深雪は前々から言い出したら聞かない子だったから」

 

「あら『お兄様』。深雪はもう子供ではありませんよ?」

 

 

 達也が自分を妹扱いしてきたのを理解し、深雪も呼び方を「お兄様」に変える。ちょっとした冗談なのだが、婚約者としての立場よりも近くに達也を感じられて、深雪はこの冗談が結構気にっているのだった。

 

「人がいる時には出来ませんが、やっぱり達也様との冗談は心が躍ります」

 

「楽しんでもらえて何よりだ」

 

「深雪様、そろそろ夕食の準備に取り掛かろうと思うのですが」

 

「あら、もうそんな時間? では達也様、私と水波ちゃんは食事の準備に取り掛かりますので、お部屋でごゆっくりとお寛ぎください」

 

 

 あくまでも達也の世話を水波に譲らない深雪は、達也の側を離れてキッチンへと向かった。達也はその姿を見て微笑ましくなり、他の婚約者には見せない笑みを浮かべて深雪たちを見送ったのだった。




お兄様って久しぶりに打った気がする

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。