劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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克人に花を持たせましょう


開戦

 達也と克人の動向を、木の陰に隠れて覗いていた者がいる。その男は最後尾の摩利が十分に遠ざかったのを確認して、腕時計を口元に近づけた。

 

「こちらネズミ。司波達也が別荘を出ました。閉鎖されたゴルフ場に向かっている模様」

 

 

 その腕時計は、バンドの一部が通信機のマイクになっていた。

 

『イノシシ、了解。監視を切り上げ、本隊に合流せよ』

 

 

 伊達メガネのツルに仕込まれた骨伝導スピーカーが通信相手の回答を届ける。

 

「行き先を確認しなくてよろしいのですか」

 

『閉鎖ゴルフ場方面にはサルを、分岐方向にはトリを監視に出している。リスクを冒して尾行する必要は無い』

 

「ネズミ、了解」

 

 

 ネズミのコードネームを使っている男は、陸軍情報部特務課に所属している諜報員だった。今日達也を襲撃する予定の部隊は、遠山つかさが所属する防諜課が主体になって構成されているが、山の中で達也を見失う事が無いよう特務課からも監視員を出しているのだ。

 ネズミは先日、達也の許を訪れた少女の盗撮データを破損させてしまうというミスを犯している。その件は機械の故障だろうという結論になって、ネズミ本人が咎められる事は無かった。だがこの世界で十年以上生き延びているネズミにとっては、大層不本意な一件だった。司波達也に接触した清楚な少女の正確な顔形は持ち帰ったとはいえ、似顔絵では写真データと違って変装を暴く骨格照合までは出来ない。事実、あの女臭さが無い植物的な美少女の正体は未だに判明していない。今回の任務は、ネズミにとって謂わば雪辱戦だ。行く先が本当に確定するまで、尾行を続けたいというのが本音だった。

 だが命令された以上仕方がない。彼は言われた通り、本隊に合流すべくその場を離れた。その頭上から、彼を見張っていたものの存在に気付くことなく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊豆半島には前回の大戦中、対空陣地として接収されたゴルフ場が幾つもあった。それらは大戦終結後、元の持ち主に返却されるはずだったが、再整備のコストと予想収益を天秤に掛けて、運営会社が受け取りを拒否したゴルフ場もあった。そうしたゴルフ場は国が法の定める補償金を支払って国有地になったが、そのすべてが対空兵器を撤去しただけで後はそのまま放置されている。達也が克人を連れてきたのは、そういう閉鎖されたゴルフ場の一つだった。

 

「ここならば家屋の被害を考慮する必要は無い」

 

 

 達也が足を止め、振り向き、克人に向かって告げる。

 

「こんな開けた所で良いのか?」

 

 

 克人の問いかけの意味は、こんな視界が開けた所では相手にならんぞ、という挑発だ。

 

「十文字殿は言い訳が欲しいのか?」

 

 

 達也の挑発返しは定番のものだが、ある程度は効果があったようだ。

 

「……良いだろう。司波、初手は譲ってやる」

 

 

 そう言うと同時、克人の魔法障壁展開により、二人の戦いの火蓋が切られた。克人のセリフは、自分の防御を敗れるものなら破ってみろという更なる挑発だ。対する達也は、これ以上言葉で殴り合う意思を見せなかった。

 魔法のように、という表現はこの場合相応しくないだろう。達也の右手には、いつの間にか拳銃形態のCADが握られていた。抜く手も見せず、達也はシルバー・ホーン・カスタム『トライデント』を克人に向けていた。克人の周りで、激しい閃光が何度も弾ける。肉眼では見えない光だが、この場にいるのは全員が優れた魔法師で、想子光の爆発を確認出来なかった者はいない。

 閃光の発生は、合計十八回。それが達也の攻撃回数。そして克人の身体には、達也の攻撃が一発も届いていない。

 

「領域干渉、情報強化、想子ウォールか」

 

「よく見破った、と言いたいところだが、見ているだけで俺は倒せんぞ」

 

 

 達也のセリフは克人に対する揺さぶりだったが、その意図は簡単に見破られていた。達也が再び分解魔法を放つ。

 想子ウォール。その名の通り想子を高密度に固めた壁を自分の周囲に築く魔法。術式解体の防御版にも見える魔法だが、十三束の先天的防御と違い想子を固める段階で構造が発生している。だから達也の魔法で分解できる。

 しかし想子ウォールを分解した直後、強力な領域干渉のドームが立ちはだかる。領域干渉フィールドを分解すれば今度は情報強化の盾が翳される。

 それを破ればまたしても想子ウォール。領域干渉。次は情報強化かと思いきや、もう一度領域干渉。想子ウォール。情報強化。領域干渉。情報強化。想子ウォール。想子ウォール。領域干渉。情報強化……このように三種類の対抗魔法防御が次々と展開される。

 同時展開ではないから、一度に消し去ることが出来ない。規則性が無いから、あらかじめ複数の分解魔法を一纏めにして放つことも出来ない。同じ種類の魔法が同時に展開されていれば、達也はそれらを魔法的に同じものとして処理する事が出来る。つまり、一度に分解する事が出来る。

 しかし克人の魔法障壁は、展開済みの防壁の崩壊をトリガーとして、次々と生み出されているものだ。達也と言えど、まだ存在していないものを分解する事は出来ない。

 何かが作り出されようとしているかが分かれば、それを作り出す構造を破壊する事も出来るが、工場の役目を果たす構造自体が壊れる都度生み出されていくのだ。これを達也と同等のスピードで続けられれば、分解が追い付かなくなる。

 分かっていた事だが、自分の魔法は防御型ファランクスに対して、圧倒的に相性が悪い。それを達也は事実として思い知ったのだった。




相性は仕方ない……

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