克人から視線を向けられた達也だったが、全く表情を動かす事はしなかった。それを見て克人は、話を先に進める事にした。
「例の戦術級魔法について、俺はお前を非難するつもりは無い。全くのお門違いだからな」
例の戦術級魔法とは、中央アジアで武装ゲリラの少女が使用した能動空中機雷の事だ。九校戦の中止という、魔法科高校生にとっては大きな波紋を広げた事件だったが、達也は最初から欠片も罪悪感を覚えていないので、眉一筋も動かさなかった。その事に少し計算違いを覚えながら、克人は話を続ける。
「だが今回、ディオーネー計画にお前が参加する事で、魔法が戦争の為だけのものではないと大いに訴える事が出来る。新ソ連の計画参加表明で、日本は魔法の平和利用に出遅れているという好ましくないイメージが広まりつつある。これ以上、国内の魔法師に対する誹謗中傷の悪化を看過する事は出来ない。有効な対策が必要なのだ」
「十文字様のご懸念は理解出来ますが、何故達也様なのですか? 魔法大学にも世界的な権威である先生方がいらっしゃいますが」
深雪の指摘に、克人は即答出来なかった。国家的な問題を高校生一人に押し付けるな、という正論は克人にも分かっていた。それでも彼は十師族当主としての使命感から、答えを返そうとした。
「それはね、深雪さん」
しかし、克人の機先を制するように真由美が口を開いた。これは真由美自身の考えではなく、アイコンタクトで達也が真由美に合図を出した結果だ。
「達也くんが、エドワード・クラークの指名したトーラス・シルバーだからよ」
「なにっ!?」
真由美のセリフに最も強い反応を見せたのは摩利だった。克人は少し非難するような視線を真由美に向け、深雪は微かに眉を顰めるのみ。達也の表情筋は微動だにしなかった。
何故真由美がそんなことを言い出したのか理解出来なかった深雪ではあったが、静かに反論を切り出した。
「仮に達也様がトーラス・シルバーだとして、それが何だと仰るのですか?」
「えっ……?」
深雪の思いがけないセリフに、真由美はぽかんとした表情を曝してしまう。
「達也様がトーラス・シルバーだとしても、未成年の高校生という事実は変わりませんよ。もっとも、四葉家は達也様がトーラス・シルバーだなどと認めるつもりはありませんが」
セリフで真由美を沈黙に追い込んで、更にダメ押しを付け加えた。トーラス・シルバーの正体を達也だと決めつけるのならば、四葉家との全面対決もあり得るとほのめかす一言を。
深雪には、七草家と十文字家を同時に敵とする覚悟がある。真由美には、七草家と四葉家との全面抗争の引き金を引く覚悟が無い。それがこの場における、二人の違いだ。
「司波」
膠着した空気を打ち破ったのは、やはり克人だった。
「あくまでも、プロジェクトへの参加は受けられぬと?」
「受けられません。あのプロジェクトには、裏がある」
「この国の魔法師を苦境に追い込むだけの、正当な理由があるというんだな?」
「そうご理解していただいて構いません」
達也と克人の視線がぶつかり、火花を散らす。
「分かった……このような手段は不本意だが、やむを得ん」
克人が立ち上がる。
「司波、表に出ろ」
達也が立ち上がり、克人の目を見据える。
「十文字克人、本気か?」
悲鳴を呑み込んだのは、真由美か、摩利か。冷気が漂い始める。発生源は深雪ではなく、達也が放つ、鋼の冷気。
「既に状況はギリギリだ。お前に拒否は許されない」
歯を食いしばる呻き声は、深雪か、水波か。克人の身体から、地球の重力を数倍に増加したような重圧が放たれる。
「良いだろう。ピクシー、CADを」
「かしこまりました、マスター」
達也の命令に従い、ピクシーがCADのケースを持って歩み寄る。
「先に行っているぞ」
克人が達也に背を向け歩き出す。背後から奇襲を受ける恐れは、全く懐いていない。水波が慌てて玄関の扉を開けに走った。
「七草先輩、渡辺先輩」
克人がいなくなったことで、達也が少し、語調を緩めた。そのお陰で二人が金縛りから解放された。
「お二人とも、用意があるでしょう。先に行ってください」
「私たちが十文字くんに加勢しても構わないの……?」
「今更ですね。そのつもりで、俺の許から離れたんでしょう?」
達也の視線に、真由美は居心地の悪さを感じていた。演技とはいえ、達也に責められるのは真由美にとっても堪えがたいものなのだ。
「大した自信だな。後悔するぞ?」
「どのような結果になっても、後悔はしませんよ」
「……摩利、行きましょう」
「ああ……達也くん、その言葉、忘れるなよ」
真由美が立ち上がり摩利を促し、捨て台詞を残して摩利は真由美と共に克人の後を追った。
克人たち三人は、SUVの前に固まって達也を待っていた。達也が深雪と水波を引き連れて別荘から出てくる。達也は克人の許へと歩みより、そのまま前を通り過ぎた。
「ついてこい。このままでは別荘が壊れる」
すれ違いざま、達也が克人にそう告げる。深雪、水波の順に通り過ぎた後、少し間隔を置いて克人はその後に続いた。真由美と摩利も、慌てて克人に従った。
「(何をするつもりなの、達也くん)」
ここまでするとは聞いていなかった真由美は、達也がどう出るのかが分からず不安な気持ちを懐いていたが、隣にいる摩利には、克人が本気で達也を殺すのではないかと不安がっているように見えたのだった。
何をするんでしょうかね……