三人がオンライン会議から退席したが、逆に言えば十人の当主の内、七人は会議に残ったのだ。
『確かに一生の問題かもしれませんが、日本魔法師界に対する責任も考慮してほしい所ですね』
七草弘一が、「やれやれ」と言いたげな口調で独り言とも口ともつかないセリフを零すと、十文字克人は鋭い視線を弘一に向けた。克人は弘一がマスコミを誘導して魔法師に対するネガティブキャンペーンを繰り広げていた事も、自分の息子が手柄を上げられるように智一を動かしていた事も知っているので、弘一が達也の事をとやかく言える立場ではないと思っていたのかもしれない。
『本人の意思を問うている場合ではないと仰る?』
そんな克人の視線に気付かずに、七宝拓巳が弘一に問い返した。
『十師族の魔法師である以上、ある程度の滅私奉公は仕方がないでしょう。五輪殿のご息女も肉体的なハンディを抱えながら、一昨年の秋には国防軍の要請に従って出撃されています。五輪殿、あの時もご息女は自ら進んで出征されたわけではないのでしょう?』
『それは、そうですが……』
このような質問のされ方をすれば、否定的な答えを返すのは難しい。五輪勇海も言葉を濁す事しか出来なかった。
『しかし、四葉家のご子息を外国主導の惑星開発計画などに取られては、国防上大きな損失にならないだろうか』
「司波達也さんがどの程度の魔法を使われるのかは存じませんが、魔法師を軍事力と直結させる思考パターンこそが我々を苦境に追い込んでいるのだと思います。現在、日本魔法界のみならず世界中の魔法師を切迫している最大の脅威は人間主義をはじめとする反魔法主義運動ではないでしょうか。ならばこれに対処する事こそが、最優先だと考えます」
剛毅が呈した疑問に、翡翠が答える。だが剛毅は、その答えに頷くことはせず、更に難しい顔で考え込んだ。
『確かに会長の言う通りなのかもしれませんが、司波達也さんは一昨年の夏の九校戦で、力を制限されていたにもかかわらず、ウチの将輝に勝っていますから。その制限がなくなった今、一個連隊くらいなら一人で壊滅する事も出来るのではないかと、将輝の友人が分析していました』
剛毅の言葉に、克人以外の当主と翡翠が驚きの表情を浮かべた。克人が驚かなかったのは、一個連隊で済めば御の字だろうという思考が働いたからだ。
『ですが、この状況を打破する為には、好ましい事ではありませんが、司波達也殿にアメリカへ行ってもらうのが最善かもしれんせんね』
剛毅の言葉を受けてなお、達也にはアメリカに行ってもらった方が良いのではと、二木舞衣がため息と共に呟く。それに反対する声は、上がらなかった。
『しかし現実問題として、誰が司波達也殿を説得するのですか? あの感じでは、四葉殿に期待は出来ますまい』
その代わりに三矢元から提起された難問に、弘一すら重い沈黙を余儀なくされる。
『七草殿のご息女は、司波達也殿の婚約者だとお聞きしましたが?』
『真由美や香澄が説得に動くとは思えません。二木殿は、自身の婚約者を海外に追い出すように言われて、手伝いますかな?』
『それは……』
弘一からの反問に、舞衣は言葉を失い、再び重苦しい空気がオンライン会議内に立ち込めた。
「十文字様は……司波達也さんと個人的に親しくされているのですよね?」
翡翠の発言は苦し紛れのものだった。単に先輩後輩という関係だけで、意思を曲げさせられるような問題ではないのだ。それに個人的な知り合いというなら、翡翠の息子十三束鋼は同じ一高の同級生で、しかもクラスメイトである。去年の春卒業している克人より、ずっと身近な関係だ。
『……司波達也殿が私の言葉に耳を貸すかどうかは分かりませんが、話してみましょう』
だが克人はこの難題を引き受けた。
『……よろしいのですか?』
『とりあえず、話はしてみます。結果は保証できませんし、決裂する確率の方が高いでしょうが、それでも構わないでしょうか?』
克人の視線は翡翠に向けられている。翡翠は自分に問われているという事に気付き、慌てて克人の問いに答えた。
「それでも構いません。説得が難しいのはここにいらっしゃる皆さんが理解されておられることですので、失敗したとしても誰もそれを咎める事はなさらないでしょう。もちろん、私も十文字様に全ての責任を押し付けるつもりはありませんので、もう少し気楽に構えてください」
『それでは、私はこれで。司波達也殿の説得の準備や、下調べなどをしておかなければいけないので』
「お、お疲れさまでした」
自分の息子とさほど歳の変わらない克人にまで緊張している翡翠に、克人はもう一度目礼をしてから通信を切った。克人が何を考えて達也の交渉を請け負ったのか、克人の真意はこの場にいる誰にも分からなかった。
『それでは、良い報告を待つことにしましょうか』
『そうですね。十文字殿の結果次第では、また集まることになるでしょうが』
『そうならないことを祈りましょう』
弘一、舞衣、勇海の順に通信を切り、それに続くように残りの当主たちも通信を切った。誰も映っていないモニターを見ながら、翡翠はとりあえず一息吐いたのだった。
年寄りたちは克人に押し付けただけっぽい