劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この程度で済まないんですよね……


魔法協会会長の苦難

 四月にメキシコにおける叛乱以降、USNAでは小規模な暴動が幾つか発生しているが、鎮圧に軍が出動しなければならない事態には至っていない。日本に対する諜報工作は規模を縮小して続けられているが、それ以外は国外で実行中の作戦もなく、USNA軍統括参謀本部直属魔法師部隊スターズは訓練の日々を送っている。

 

「お久しぶりです、総隊長殿」

 

 

 スターズナンバー・ツーのベンジャミン・カノープスは、久しぶりに顔を見せたスターズ総隊長の出迎えに来ていた。

 

「お久しぶり、ベン。ですが今の私は総隊長ではなく、ただのリーナです。そうかしこまる必要はありませんよ」

 

「いえ、司令官殿より、総隊長殿を案内せよとの命を受けておりますので」

 

「司令官殿から? わざわざ私を日本から呼び戻した理由と、関係あるのかしら?」

 

「その辺りは分かりません。ですが、恐らくは重要な事だとは思います」

 

 

 既に軍を抜けたリーナを呼びつけるのだから、それなりに重要な事だろうとは分かっているだろうとツッコミたかったカノープスではあったが、その言葉を飲み込みリーナを車に案内して基地へ向かった。

 

「では、私はここで」

 

「ありがとう、ベン」

 

 

 指令室前まで連れてこられたリーナは、車中で言われた通りにアンジー・シリウスの格好で扉をノックした。

 

「シリウスです」

 

『入りなさい』

 

 

 この部屋の主であるポール・ウォーカーからの返事を受け、リーナは中に入り敬礼をした。

 

「USNA国家公認戦略級魔法師であるアンジー・シリウス少佐、参謀本部から貴女に指令が出ています」

 

「私は既に軍属ではないのですが」

 

「この任に最も適しているのが貴女なのです。なので無理を言ってUSNAに戻ってきてもらったのです」

 

「はぁ」

 

 

 いったい何の任務だと、リーナは面倒臭がってるのを隠そうともしない態度でウォーカーの言葉の続きを待った。

 

「ワシントンD.C.に飛び、エドワード・クラーク博士と合流。その後博士の護衛として大西洋上のエンタープライズまで同行せよ。エンタープライズでは、ディオーネー計画に関する重要な会談が予定されている。会談の相手はウィリアム・マクロードと『イグナイター』ベゾブラゾフだ。なお言うまでもないと思うが、この会談は終了まで秘密にしなければならない。従って、君が護衛として連れてきたミカエラ・ホンゴウの身柄はこちらで預かっておこう」

 

「しかし、何故私が指名されたのでしょうか? スターズには私以外にも実力者がいるというのに」

 

「USNAとしては、国家公認戦略級魔法師である貴女が日本に帰化したという事実を、他国に知られたくないのです」

 

 

 ウォーカーの厭味ったらしい言い方に、リーナは顔を顰めながらとりあえず納得した風に見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ、イギリス、新ソ連の動きとは別に、日本国内でも慌ただしい動きがあった。現在の魔法協会の会長は去年の七月に就任した十三束翡翠、第一高校三年の十三束鋼の実母が就いている。

 十三束翡翠は去年の六月、「どうせ持ち回りみたいなものだから」という軽い気持ちで会長職を引き受けたのだが、今彼女は頭を抱えながら去年の自分を呪っていた。

 日曜日にディオーネー計画が発表された時は、まだそれ程差し迫った感はなかった。幾らUSNAでも外国から魔法科学者を招くのは難しいと予想していたからだ。ましてや他国の「十三使徒」を借りるなど絶対に無理だと高を括っていた。それは十三塚翡翠ばかりではなく、魔法協会のスタッフ全員がそうだった。

 ところが昨日、よりによってUSNAの最大のライバル、新ソ連の「十三使徒」ベゾブラゾフがプロジェクトへの参加を表明した。その所為で、猶予がゼロになってしまった。

 元々魔法師を人類の未来を切り拓く為に平和利用するというコンセプトには、文句のつけようがない。反魔法主義者は、魔法が魔法師でない人々を殺傷する危険な武器だと訴える事で、人々の支持を得ている面がある。魔法の平和的利用、それも火事を消すとか洪水を防ぐとかいうちっぽけな貢献ではなく、人類の未来に繁栄をもたらす大事業。反魔法主義者に対する反撃には、この上なく効果的な大風呂敷だ。

 プロジェクトが実現する必要も成功する必要もない。そういう事業が進んでいるという事実だけで、反魔法主義運動への反論になる。魔法師は今の苦境を脱する事が出来る。

 そんなプロジェクトに、対立する二大国が手を結ぶ姿を前にして、仮にも同盟国である日本が参加を拒否する事などありえない。保留する事すら不可能だ。一刻も早くトーラス・シルバーを名乗る高校生の身柄を差し出さなければならない。

 実を言えば、翡翠はトーラス・シルバーの正体を知っていた。USNAの大使館員が彼女の許へ手渡しで届けた、古風にも封蝋が施された書状に書かれていたのである。翡翠は両手で抱え込んでいた頭を上げた。嘆いているばかりでは何の解決にもならない。

 彼女は前任者が使わなかった日本魔法協会会長の特殊な権限を使う事にした。

 

『師族会議の招集』

 

 

 翡翠は専用回線を使い、十師族各家当主へオンライン会議開催を呼びかけたのだ。




十三束母には若干の同情を覚える

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