劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也としては知ってると思ってたんでしょうが


真夜とのズレ

 生徒会のけじめはどうでも良い事と片づけられたが、そう簡単に片づけられない問題が達也にはあった。NSAが百山に送り付けた書状について、真夜に黙っているわけにはいかない。達也は他の婚約者たちに説明する前に、時間を見計らって本家に電話を掛けた。

 

「母上、夜分に失礼します」

 

『まだそれほど遅い時間ではありませんし、構いませんよ。大事なご用件なのでしょう?』

 

 

 画面に登場した真夜の表情を見て、達也は軽い違和感を覚えた。達也が何の用事で電話を掛けたのか、真夜は演技ではなく本当に分かっていない。そのように見えたからだ。心の中が表情に映し出されないよう、達也はいつも以上に気を遣って真夜の問いかけに答えた。

 

「はい。重大な事態だと考えます」

 

 

 こう前置きをして、達也は真夜が口を挿む前に本題に入る。

 

「第一高校の百山校長、八百坂教頭、及びジェニファー・スミス教諭にトーラス・シルバーの正体を知られてしまいました。USNA国家科学局からアメリカ大使館を通じて百山校長に届けられた書面に書かれていたようです」

 

『……それは、例の計画に関して?』

 

 

 真夜の反応に、わずかなタイムラグ。それは彼女にとってもこの情報が意外な物であるという証拠だった。

 

「そうです」

 

『達也さんはそれを認めた……はずはないわね』

 

「はい。しかし、意味はないでしょう」

 

 

 達也が否定しても、百山も八百坂もNSAの方を信じるだろう。百山達だけではなく、達也を知る多くの者が「トーラス・シルバーの正体は司波達也である」という主張に納得し、それを真実として受け入れるはずだ。NSAがアメリカの政府機関だからではなく、達也はそれだけの能力を、今までに見せすぎてきたからだ。

 

『そうでしょうね……予定より随分早いけど、トーラス・シルバーの件は諦めなければならないでしょうね。それで、百山先生は他にどんな話をされたの?』

 

 

 真夜に問われ、達也は百山から提示された条件について漏れなく説明した。

 

『百山先生は、達也さんの去就を巡って政治家やマスコミが学校運営に口出しするのを、避けようとなさっているのね』

 

「自分もそう思います」

 

 

 百山の動機に関する真夜の推測は、達也のものと一致していた。

 

『そうね……達也さんは暫く、一高に通わない方が良いかも』

 

「本家で謹慎せよ、ということでしょうか」

 

『私に対する謹慎ではありませんよ。明日からますます、周囲の雑音が激しくなるものではなくて? そんな事で貴方が判断を狂わせるとは思わないけど、煩わしいものは煩わしいでしょう? だから学校に対して謹慎するふりをして、ほとぼりを冷ましてはどうかと思うの』

 

「自分もその方が良いとは感じ、既に水波に深雪の事は任せると伝えました」

 

『あらそうなの? こちらからも深雪さんの登下校時に関しては人を出しますので、達也さんは安心して休みなさい。まぁ、その家の事もマスコミ連中は嗅ぎ付けてるでしょうから、暫くは伊豆の別荘で過ごしたらどうかしら?』

 

「伊豆に四葉の拠点があるのですか?」

 

『あら、達也さんは知っているはずだけど?』

 

 

 真夜の驚き方は少々わざとらしかったので、達也は脳裏に浮かんだ心当たりを口にせず、彼女のセリフの続きを待った。

 

『伊豆には姉さん……深雪さんのお母様が療養に使っていた別荘があるじゃない』

 

「まだ処分されていなかったのですか?」

 

『処分なんてしませんよ。姉さんの、お気に入りの別荘だったのですから』

 

 

 四葉家がそんな感傷を重んじるとは、達也には思えなかった。だが彼はすぐに、思い直した。一人の少女の為に、国家に喧嘩を売って、一族半数の命と引き替えに、復讐を果たす。そんな四葉家には、個人の想いでの物件を大事に取っておくというセンチメンタリズムも、あるいは相応しいのかもしれないと。

 

『次の日曜までには必要な物を運び込んでおきます。研究用の機械も設置しておきますから、手ぶらで移動出来ますよ』

 

 

 正味一週間でワークステーションや調整装置をゼロから設置出来るというのは、いくら何でも手回しが良すぎる。その別荘というのは、本当は研究用の外部拠点ではないのか、達也はそう思ったがその疑惑は口にしなかった。

 

「仰せの通りに致します」

 

『深雪さんたちには、調布のマンションに一時避難してもらいますから、そちらも心配いりませんよ』

 

「お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」

 

『気にしないで良いですよ。貴方は私の息子。息子の為に手を焼くのは、親として当然ですから』

 

 

 ディスプレイに映る真夜の笑みに対して、達也は従順な態度で一礼して通信が切れるのを待った。通信が切れたのを確認してから、達也は下げていた頭を上げてため息を吐いた。

 

「母上は既に情報を掴んでいると思っていたのだが、何か別件で忙しかったのか? それとも、NSAの動きがそれだけ迅速だったという事なのだろうか」

 

 

 達也としては、既にトーラス・シルバーの正体を発表した方が良いと考えていたので、その時期が若干早まっただけだと感じていたのだが、真夜は「随分」という表現を使っていたのも達也は気になっていた。

 

「とにかく今は、ここで生活してるメンバーへの説明だな」

 

 

 伊豆に引っ込むとなると、この家は空けなければならない。そうなれば何人かはついていくと言いかねないなと思い、達也は苦笑いを浮かべながら共有スペースへ移動したのだった。




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