劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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投稿先間違えた…


正式発表

 論理的に言えば、能動空中機雷で大亜連合の軍人、基地職員が犠牲になった事について、達也に責任はない。だが世の中では、例え短期的とはいえ、理屈通りには進まない事の方が多い。しかしそれを理解していても、まさかそれを隠れ蓑に使われるとは達也も本気では考えていなかった。

 職員室に呼び出されていた深雪が生徒会室に戻った直後、自分の席にも戻らず出入り口の扉を背にして立ったまま話しかけてきたので、生徒会室にいた全員がただ事ではないと思った。

 達也、ほのか、泉美、水波、詩奈の五人と、報告の為に生徒会室を訪れていた雫の六人の視線を浴びながら、深雪は泣き出すのを堪えているような表情で口を開いた。

 

「皆さん、聞いてください。九校戦大会委員会から通達がありました。今年度の九校戦の中止が正式に決まりました」

 

 

 深雪の声は少し、震えていた。だが彼女は立派だったと言える。達也以外の五人は、それぞれ衝撃を受けて言葉を失っている。

 

「深雪、通達文書を見せてもらえないか」

 

「はい……少々お待ちください」

 

 

 達也に声をかけられたお陰で、立ち尽くしていた深雪がぎくしゃくとした足取りだが、自分の席に向かう事が出来た。

 

「……どうぞ」

 

 

 端末に向かっていた深雪が指を止めるのを待って、達也は生徒会の共有ディレクトリに複写されたばかりの文書ファイルを開いた。呆然として我を失っていた他の五人も、達也の行動につられるようにして同じ文書にアクセスする。

 

「……やはり、俺の所為か」

 

「違います! こんなの、酷い言い掛かりです! 断じて、達也様に責任などありません!」

 

 

 ぽつりと零した達也の言葉に、深雪が抑えていた感情を爆発させる。彼女を満たしていたのは、怒りだった。叫び声と共に、室温が急低下する。深雪は自分の立場を演じる事だけでなく、魔法を制御する事さえも忘れたのだ。

 

「深雪、落ちつけ」

 

 

 自分の為の怒りだと分かっているから、達也の叱りつける声にも勢いが無い。その代わりというわけではないが、達也は左手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、右から左へ軽く振った。それを合図に、室温がいきなり元へ戻る。窓に張り付いていた霜は跡形もなく消え、結露も残っていない。

 

「巻き、戻った……?」

 

 

 そう呟いたのは詩奈だが、彼女だけでなく深雪を含めた六人の少女全員が、磁気テープを巻き取るような幻聴を聞いた。達也が『再成』を使って深雪が暴走させた冷却魔法を無かったことにした、副次的な影響だ。既に冷却が進んでいた室内の「温度」という事象に付随する情報を、一切のプロセスを無視して魔法発動前に戻した結果、冷却現象が巻き戻ったという形で世界が辻褄を合わせたのである。詩奈たちが聴いた幻音は、情報の次元で生じた因果の逆転が正常な因果とぶつかり合って発生した想子波のノイズだった。

 

「……すみません、達也様。ですが、達也様には何の責任もありません。九校戦が中止になったのは大会委員会が無責任だからです。現にここ数日、九校戦関係で非難を集めていたのは、昨年の種目変更についてではありませんか!」

 

「そ、そうですよ! 能動空中機雷の事が騒がれたのは最初の内だけです! 今やり玉に挙がっているのは、軍事色が強かった去年の大会の事なんですから!」

 

「達也さんが責任を感じる必要なんて無いよ。最初からマスコミが勝手に騒いでただけで、達也さんは何も悪い事をしてないんだから」

 

 

 深雪とほのか、雫が全力で慰めているように、マスコミが「非人道的魔法の開発責任」をヒステリックに連呼していたのは、魔法大学の会見があった翌日の月曜日まで。火曜日になると矛先はいきなり、九校戦の在り方自体に向いた。特に昨年の大会でスティープルチェース・クロスカントリーを競技種目に採用した事が、魔法大学付属高校の軍事化と叩かれていた。

 その批判には一定の根拠があり、スティープルチェース・クロスカントリーは軍が行っている訓練をそのまま競技化したものであり、軍人が訓練成果を競う目的で作られたものだ。スティープルチェース・クロスカントリーだけではなく、シールド・ダウンはCQC訓練をアレンジした競技で、ロアー・アンド・ガンナーは海軍の訓練プログラムから作り出されたバトル・ボードよりさらに軍事色が強いものだった。九校戦が軍人育成に傾いたというのは、大会に参加する魔法科高校生自身が感じている事でもあった。

 論調が急変した背後には、何らかのマスコミ工作が存在しているのは確かだと、達也は考えていた。確かに魔法大学職員が言っていた事は事実だったし、それに影響されてマスコミが論調を変えた可能性も否定できないが、誰かが工作を図ったと考える方が納得出来るのだ。それが誰なのかは達也にも分からない。もしかしたら雫の父親が、娘がマスコミの犠牲になる前に手を打ったのかもしれないし、あるいは通常兵器の生産をしている軍需企業が、通常兵器が魔法によって代替えされることにより業績悪化を阻止するために仕掛けたのかもしれない。

 思いがけない批判を浴びた大会委員会は「健全な競技用に生徒が工夫した魔法が武装勢力に利用された」事に遺憾の意を表明し九校戦を中止した――という事になっているのだ。

 

「……そうだな。余計な心配をかけて悪かった」

 

 

 達也は深雪とほのか、そして雫の主張を受け入れ、自分の卑屈なセリフを謝罪した――表面的には。その事が感じ取れた水波は、他の生徒が全員深雪たちを同じ考えをするわけがないと、達也に対する非難をどう止めるかに頭を悩ませたのだった。




ホントすみません

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