劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1313 / 2283
孤立編は結構手を加えないと先に繋がらないな……


達也に対する評価

 自分たちが四葉のターゲットになっている事など露知らず、国防陸軍情報部の幹部たちは、公式記録に残せない類の集まりを開いていた。

 

「南総収容所襲撃の顛末は、ただいまの遠山曹長の報告書でご覧いただいた通りです」

 

 

 遠山つかさの直属の上司である犬飼課長が部下の報告を読み上げて着席した。

 

「襲撃犯の正体は確認できていないのですね?」

 

「はい。確認出来ていません」

 

 

 出席者の一人から投げ掛けられた質問に、犬飼は即答した。

 

「ですが、状況から見て襲撃者が何者であるかは明らかです。四葉家の司波達也以外に考えられません」

 

「そうですね」

 

「確かに」

 

 

 今度は、犬飼の断定に賛同の声が上がった。ここに集う国防陸軍情報部の幹部たちは、達也を南総の秘密収容所を襲撃した犯人だと決めつけた。このケースでは事実だが、例え冤罪であっても彼らは気にしなかっただろう。この会議は国防陸軍情報部の秘密幹部会議。必要を認められた場合にだけ開催される、非公式の集まりなのだ。

 

「司波達也は、危険人物として監視を強化する必要があると考えます」

 

「すぐに排除しなくて良いのか?」

 

「思想的には危険分子ですが、得難い戦力であることは間違いありません。背後に四葉家が控えている事を抜きにしても、十山の魔法を凌駕する攻撃力は魅力的です」

 

「司波達也についてはもう一つ、留意すべき未確認情報があります」

 

「ほぅ。何かね、恩田課長」

 

 

 犬飼の発言に続いて、特務一課の課長が立ち上がった。特務課は秘密性が高い国防陸軍情報部の中でも存在しないとされている部署であり、その組織形態も一課だけのこともあれば十三課まで存在していた時期もあるという、不定形の組織だ。

 その一課の課長の発言に副部長が興味を示し、先を促す。なおこの席に部長は出席していない。ここにいる副部長も、対外的には公表されていない人物である。

 

「司波達也が属する四葉家と第一○一旅団が協力関係にあるのは、既に皆様ご存じの事と思いますが」

 

「それで?」

 

「司波達也は第一○一旅団の一員として、一昨年の十月末、鎮海軍港一帯を焼き払った魔法師である可能性があります」

 

「……『灼熱のハロウィン』か」

 

 

 存在が秘された副部長は、国防陸軍の暗部を取り仕切る存在だが、その彼もさすがにこのセリフには平静でいられなかった。

 

「……あの戦略級魔法師の正体が、司波達也だと言うのか?」

 

 

 改めて恩田に問いかけたのは犬飼だ。彼は国防戦力としての戦略級魔法師の重要性はよく理解している。もし司波達也が『灼熱のハロウィン』を引き起こした魔法師だとしたら、そう簡単に処分出来ないと考えたのだ。

 

「未確認だ。だが仮に司波達也が戦略級魔法師だったとしても、危険思想を抱えている者を放置する事は出来ない。いや、個人で過剰な力を持っているなら、それだからこそ見過ごしには出来ない。私はそう考えます」

 

 

 軍人的な言い回しを意識的に排除した言葉で、恩田は超法規的組織の一員らしい意見を主張した。その揺るがないスタンスに感化されたのか、副部長が落ち着きを取り戻した。

 

「……君の言う通りだ。司波達也については、再教育方針で対処する事にしよう」

 

「賛成です」

 

「それが妥当だと思います」

 

 

 副部長の決定に、会議メンバーから次々と賛同の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 情報部の秘密会議が開かれた頃と時期を同じくして、北海道に出動していた風間たちが第一○一旅団本部に帰還した。

 

「風間以下百九十五名、ただいま帰投しました」

 

「全員無事に戻ってくれて何よりです。中佐、出動した隊員には三日間の特別休暇を与えます。外出も許可しましょう」

 

「ありがとうございます。皆、喜びます」

 

 

 風間が「休め」の姿勢のまま、微かに口元を緩めると、佐伯少将は「うむ」とでも言うように小さく頷き、瞼を閉じて小さく息を吐いた。眼を開き、風間に向けられた佐伯の顔は、国防軍指折りの謀将のものになっていた。

 

「昨日、恩田少佐から連絡がありました」

 

「恩田少佐……何者ですか?」

 

「恩田少佐は特務の課長です」

 

「情報部の特務ですか……」

 

 

 佐伯は情報部に対して直接の指揮命令権を持たない。情報部の課長には、佐伯に対する報告の義務はない。つまり恩田少佐は佐伯少将の情報源の一つなのだろうと、風間はそのように解釈した。

 

「それで。恩田少佐は何を報せてくれたのですか?」

 

「大黒特尉が情報部の粛正対象リストに載りました。情報部の秘密収容所を襲撃した件です」

 

「……特尉を消そうと言うのですか?」

 

「捕らえて教育するとの事です」

 

「愚かですね」

 

「確かに洗脳は魔法技術を高確率で損なうからな」

 

「閣下、そうではありません。特尉を捕らえるなど絶対に不可能です。情報部が壊滅するだけならともかく、最悪の場合、東京が火の海に沈みます」

 

「……特尉がそこまでやると?」

 

「彼は自分や身内を国家や市民の為に犠牲にする事はあり得ません。軍人には最も向いていない種類の人間です」

 

「能力的には申し分ありませんが、性格的には中佐の言う通りでしょうね」

 

 

 達也に公僕の精神が欠如している事については、佐伯も風間と同じ考えだった。

 

「危険度の認識が甘すぎです。特尉はマテリアル・バーストを使わなくても、一晩あれば一都市を破壊しつくせるでしょう」

 

「大黒特尉を随分高く評価しているのですね」

 

「もし現実世界に物語やゲームのラスボスがいるとすれば、それは彼でしょうね」

 

「ラスボスですか。では、物語をハッピーエンドで終わらせる勇者は何処にいますか?」

 

「我々の前にはまだ、登場していません。だからせめて、勇者が現れるまでは彼を刺激すべきではないのですが」

 

「貴官の意見は、恩田少佐を通じて情報部に伝えておきましょう。どの程度意味があるか、分かりませんが……ご苦労様でした。中佐、下がってよろしい」

 

「ハッ!」

 

 

 風間は佐伯に敬礼して、彼女の執務室を後にした。




勝てると思ってる時点で滑稽

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。