劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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喧嘩してる場合ではない


最優先事項

 水平線の向こう側から飛んでくる十本のナイフに、深雪と幹比古は同時に気付いた。ミルファクが放った『ダンシング・ブレイズ』だ。この魔法は近距離戦闘用の飛び道具として使われることが多いが、ミルファクは視界が通らない敵に対する遠距離攻撃手段として愛用していた。

 彼のダガーには爆薬が仕込んであり、爆発でナイフの破片を飛び散らせて敵を殺傷する使い方をしている。飛んできたナイフがどれ程危険なものなのか、深雪にも幹比古にも分からなかったが、二人ともその脅威を軽んじたりはしなかった。

 

「任せてください。行け、海の八岐!」

 

 

 幹比古は人差し指と中指を揃えて伸ばした右手を、前に振りだした。彼が指差した海面から、直径三メートルの水の柱が八本噴き上がる。

 

 古式魔法『水大蛇』の上位バージョン『海の八岐』

 

 

 蛇という形を与える事で、蛇の動きを再現する。大妖怪『八岐大蛇』の形を与える事で、その威力を付与する。爆薬を仕込んだダガーが、水柱に激突して爆発した。その爆発も、ブレードの破片も、全て八つの顎が呑み込んだ。

 大蛇が海に沈む。それを見た深雪が微笑みを浮かべて左手でCADを操作し、右手を水平線に差し伸べた。新たな氷原が広がり、氷に閉じ込められた強襲艇から必死の形相で脱出したミルファクの姿は、誰の目にも留まらなかったが、深雪は満足そうにうなずいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナは達也との会話に気を取られて、ダンシング・ブレイズの爆発にもミルファクの危難にも気が付かなかった。

 

「それで達也。いったい何の用なの? 言っておくけど、セブンス・プレイグが落ちてくるのは私たちの責任じゃないわよ」

 

 

 リーナのセリフに達也は失笑を漏らしたが、その笑い声まで魔法で届ける事はしなかった。

 

「誰の責任かなんて、今はどうでも良い」

 

「いや、どうでも良いって……結構重要な事だと思うけど? このままだとこの地球に与えるダメージが大きすぎるから、責任の所在をはっきりさせておかないと――」

 

「リーナ、俺にはセブンス・プレイグを完全に無害化する手段がある」

 

 

 リーナが気にする事は最もだったが、今は責任の所在をはっきりさせている場合ではなく、どうやってセブンス・プレイグ落下に伴う厄災を回避するかなのだ。

 

「嘘……いいえ、例えあれを破壊しても、劣化ウラン弾が地上にばら撒かれるだけ。運よく人口密集地を避けられたとしても、環境汚染は防げない」

 

 

 リーナは沈んだ声でそう応える。彼女の能天気な態度は、現実逃避によるものだった。

 

「それも含めて、無害化できると言っている」

 

「っ! 本当なの!?」

 

 

 絶望していたリーナが、達也の言葉に息を呑み本当であってほしいと願った。だが何事もなく無害化が可能であるなら、達也はわざわざ自分に話しかけてきたりはしなかっただろうと、リーナの頭でも理解出来た。

 

「しかし、少々問題が起こった。君の協力が必要だ」

 

「えっ? 何で私が!?」

 

 

 きょとんとした声で返したリーナだったが、すぐにムッと膨れ、反射的に意地になってしまった。

 

「無害化が難しくなっているのは君の魔法、ヘヴィ・メタル・バーストが光学観測を困難にした所為だ」

 

「……何をすればいいの」

 

 

 達也からの無慈悲な指摘が胸に突き刺さり、リーナは実に口惜しそうな顔で、無念の声を絞り出した。

 

「君が破壊した防衛陣地に来てくれ。そこで詳しい話をする」

 

「……分かったわ」

 

 

 果たして自分の答えが聞こえたか、リーナの答えを待たずに、達也の声は既に途切れていたのだった。

 

「返事くらい聞きなさいよ!」

 

 

 何処にいるか分からない達也に対して、リーナは怒りの声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミルファクを撃退した深雪の耳に、達也の声が届いた。

 

「深雪」

 

「お兄様!」

 

 

 耳元で囁く兄の声に、この上なく嬉しそうな声で応える深雪。彼女の反応は、リーナとは実に対照的だった。

 

「力を貸して欲しい事が出来た。今からそっちに行く。リーナもその場所に向かっているが、攻撃はしないでくれ」

 

「リーナが来ているのですか?」

 

 

 達也の言葉に、深雪が驚きを表す。幹比古には達也の言葉が聞こえていないので、深雪の「リーナが来ている」というセリフに、彼は一拍遅れて「えっ?」と驚きの声を上げた。

 

「……私だけではなくリーナの力もお使いになられるのですね」

 

 

 深雪の声には、微かに、拗ねているような驚きがあった。

 

「一人でこなせなくなった原因を作ったリーナに、その尻拭いをさせるだけだ。このままでは彼女は、ただ邪魔をしに来ただけの悪者になってしまうからね」

 

「まぁ、お兄様ったら」

 

 

 だが達也の冗談めいた言葉に笑みを零し、深雪はすぐに拗ねた態度を引っ込めた。

 

「かしこまりました。お待ちしております、お兄様」

 

 

 姿の見えない達也に、深雪は丁寧にお辞儀をして、了承の旨を伝えたのだった。

 

「達也は何て言ってきたんですか?」

 

「不測の事態が発生したから、私とリーナの力を使ってそれを解決するそうです」

 

「リーナ……彼女もこの海域に?」

 

「そのようです。どうやらお兄様がお一人で解決出来なくなった原因を作ったのがリーナらしいので、その尻拭いをさせると」

 

「……達也らしい言い方ですね」

 

 

 幹比古が零した感想に、深雪はニッコリと笑って幹比古を睨みつける。その視線に気付いた幹比古は、慌てて深雪から距離を取ったのだった。




その理由で納得する幹比古も……

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