劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすがほぼ戦略級魔法師


世界に命じる

 対地ミサイルの使用を進言したカノープスに、眉を顰めて艦長が問い掛ける。

 

「何を狙うつもりだ?」

 

「モニターを拡大していただけませんか」

 

「モニター映像を拡大しろ」

 

 

 カノープスの言葉に、訝し気な表情のまま艦長がそう命じた。南方諸島工廠が存在していた場所に空いた穴がズームアップされ、荒い画像がコンピューターで補正され、穴の底に落ちた人影がそれと分かる形でモニターに映った。

 

「あれか?」

 

「そうです。タイミングから見て、セブンス・プレイグの落下はあの研究所で実験されていた大規模魔法の暴走によるものと推測されます」

 

「何だと?」

 

「このように危険な魔法のデータは、痕跡たりとも残してはおけません」

 

 

 カノープスは本当はそのような事をしたくなかった。軍に属しているとはいえ相手は非戦闘員。抵抗すらしていない相手を遠距離から爆殺するのは、彼の主義に反している。しかしこれは必要な任務だと、彼は自分をそう納得させていた。

 

「分かった」

 

 

 艦長は自らも覚悟を決めた表情で頷いた。

 

「ミサイルランチャー、一番準備!」

 

「アイ・アイ・サー!」

 

 

 艦長の命令に、異議を唱える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古が着地したときには、深雪は凍り付いた防衛基地跡地の崖の縁に立っていた。彼女の目は、飛行機のモニターで潜水艦を発見した、水平線の向こう側に向けられている。

 

「(魔法師なら誰でもエイドスを見る視力を持っているとお兄様は仰るけど……お兄様のようには、出来ないわね、当たり前だけど……)」

 

 

 微笑む彼女の意識は、情報の世界に向けられていた。現実の光景に重なって、水平線の下にシャープな輪郭を持つ巨大な影が視えている。影が持つ詳細な情報は眼に映っていないが、そこに海水や空気とは異なる「物」があるのは確認できていた。

 

「(それでも、動きを封じるだけならこれで十分ね……)」

 

 

 深雪が使おうとしている魔法は、物体の構造情報に干渉するものではない。温度というあらかじめ分かっている現象に介入するものだ。新たに必要な情報は、何処に魔法を作用させるか。情報事件における座標だけだ。後は、改変された自然現象が「敵を閉じ込める」という彼女の目的を果たしてくれる。

 

「凍てつきなさい」

 

 

 深雪は静かな、はっきりとした口調で、世界に対して命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニューメキシコのクルーは、浮上したことでゆったりと波に揺られていた艦体が突如固定されたような衝撃を感じた。

 

「何事だ」

 

 

 艦長が落ち着いた声で報告を求める。内心は兎も角、彼の表情には一片の動揺も存在していない。だが、艦長に答えるクルーの顔には、動揺を超えた恐怖が宿っていた。

 

「……氷です!」

 

 

 ここは亜熱帯に属する低緯度海域で、今はもう、冬ではない。艦体に衝撃を与える程の氷が存在するという事だけでも信じがたい事だが、巨大原潜ニューメキシコを襲った異変は、そんな生易しいものでは無かった。

 

「本艦は氷山、いえ、流氷……巨大な氷原に閉じ込められました!」

 

「何だと!?」

 

 

 艦長の顔から、平常心の仮面が剥がれる。この問答の間にも、艦体を締め付ける音は徐々にボリュームを増していく。

 

「ミサイル噴射口、開きません! 本艦外殻も氷におおわれている模様!」

 

 

 火器担当のスタッフから、切迫した声が上がる。

 

「誰でも良い、外に出て状況を確認して来い!」

 

「アイ・サー!」

 

 

 発令所の、扉に最も近い席のクルーが立ち上がり、艦橋へ向かう。何かが軋む音が発令所に伝わったのは、ちょうどそのタイミングだった。

 

「今度は何だ」

 

「艦体外殻が氷によって圧迫されているものと思われます!」

 

 

 艦長の質問に答える声は、悲鳴混じりだった。誰もが声を失った発令所に、艦橋に向かっていったクルーが急ぎ足で戻ってきた。

 

「駄目です、艦長! ハッチが開きません!」

 

「いったい何が起こっているのだ……」

 

 

 艦長が呻き声を漏らす。発令所のスタッフの中から、神に祈る声が聞こえる。そんな中、カノープスは艦長やクルーたちと異なる驚きに囚われていた。

 

「(何という強大な魔法……規模だけなら『リヴァイアサン』に匹敵するぞ……)」

 

 

 USNAが抱える国家公認戦略級魔法師三人の内、スターズのシリウスを除く二人が使う、海で用いられる戦略級魔法『リヴァイアサン』。それに匹敵する大魔法に、カノープスは戦慄を抑えられなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海を覆った氷原は、リーナが乗る強襲艇のすぐ側まで広がっていた。異変を察知したリーナがハッチから身を乗り出す。

 

「これは……?」

 

 

 ニューメキシコが待機する方向に、見渡す限り氷原が広がっている。

 

「………」

 

 

 リーナは声を失って、その光景を見詰めた。

 

「総隊長殿!?」

 

 

 ミルファクの叫び声で、リーナが漸く我を取り戻した。

 

「ハーディ、私はニューメキシコの救助に向かいます。貴方は南盾島東岸の防衛陣地の魔法師をけん制してください」

 

 

 シートから腰を浮かせたまま、艇内を覗き込む恰好でリーナがミルファクに命じた。

 

「防衛陣地ですか? しかしあそこは、総隊長殿が焼き払われたのでは」

 

「この異常な事態を引き起こした魔法師が必ずいます! 倒そうとは思わないように。牽制するだけで十分です!」

 

 

 リーナは「異常な事態を引き起こした魔法師」の名を脳裏に思い浮かべながら再度命じる。

 

「ハッ、分かりました!」

 

 

 ミルファクに頷いて、リーナは強襲艇の外に出たのだった。




世界すら支配下におけるんだからなぁ……怖い怖い

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