劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1303 / 2283
いいわけあるか……


任務完了?

 リーナは空中で停止し、小銃形態のCADに付属する望遠スコープの映像をヘルメットのバイザーに表示した。

 

「テイク・ア・サイト」

 

 

 リーナが選んだ爆発物は、南方諸島工廠のすぐ横に駐まっている大型装甲車。先ほどのロケットランチャーより大分小さいので威力は落ちるが、すぐ隣の建物を吹き飛ばすには十分と判断した。

 

「起動式展開」

 

 

 リーナはまだ、望遠スコープで拡大された映像だけを見ている。だから標的の装甲車とその近くの南方諸島工廠周辺の、狭い範囲しか目に入っていない。ショッピングモール側で未だに観光客の避難が続いている光景は見えていない。基地エリアと観光エリアを隔てる倉庫の列は、ヘヴィ・メタル・バーストの高熱プラズマを遮る盾にはならない。

 

「ヘヴィ・メタル・バースト、発動」

 

 

 リーナは大量の民間人を巻き添えにする魔法を放ってしまった。

 

「(この時間が無い時に余計な真似を! 島全体を焼き尽くすつもりか!)」

 

 

 心の中でリーナを罵りながら、達也は『ベータ・トライデント』専用の起動式カートリッジを、他の分解魔法の起動式と共に『ディープ・ミスト・ディスパージョン』の起動式を記録したカートリッジに交換した。

 

「(島にはまだエリカやレオ、九亜の仲間たち、それに観光客もいるんだぞ!)」

 

 

 達也はディープ・ミスト・ディスパージョンを選択し、CADトライデントをリーナが狙っている装甲車へ向けた。彼の視線の先で、装甲車を構成する重金属が魔法の干渉を受ける。達也はトライデントの引き金を引く。展開された起動式を読み込み、瞬時に魔法式を構築して、装甲車の書き換えられたエイドスへ投射する。

 分解魔法、ディープ・ミスト・ディスパージョン。この魔法はベータ・トライデントのように、過重な負荷をもたらすものではなく、通常の分解魔法、例えば雲散霧消より処理は重いが、使うだけなら普通に発動できる。

 彼がこの魔法を失敗作と判定したのは、きわめて特殊なケースでしか使い道が無いからだったが、リーナのヘヴィ・メタル・バーストを無効化するという目的にだけは、決定的な効果を持っていた。

 ディープ・ミスト・ディスパージョンは、原子核を陽子と中性子に分解する。核子同士を強制的に引き離すプロセスは含まれていないから、核子はすぐに再結合するが、その僅かな時間で「強い相互作用」の到達距離から外れた核子は結合対象にならない。

 ヘヴィ・メタル・バーストの対象は電子と、重金属の原子核だ。原子核が分解された段階で、魔法を作用させるべき対象が存在しなくなる。リーナの魔法がエラーを起こした原因はこれだった。

 

「えっ? えっ? ヘヴィ・メタル・バーストが定義破綻で強制終了!? プラズマが……消失した? なら、次のターゲットは……えっ!?」

 

 

 自分の魔法がエラーを起こして動揺したが、すぐに次の魔法を発動しようとするだけの冷静さを残していたリーナだったが、またしても動揺するような出来事が起きる。

 破壊対象の研究所が、彼女の見ている前で、煙となって消えていく。爆破でも崩壊でもない。焼失ではなく、消失。彼女は、達也が南盾島に来ている事を知らなかった。また、達也の雲散霧消の本当の意味で見たことが無かった。

 

「何が……起こってるの?」

 

 

 対象の研究施設が消えていくのを、リーナはぼんやりと眺めていた。彼女が空中で立ち尽くしている間に、南方諸島工廠の建物は完全に消滅した。敷地には地下構造物があった部分を綺麗に刳り貫いた形で穴が空いている。それを見て、リーナはハッと我に返った。客観的に見れば、彼女が呆けていた時間は僅かだ。南方諸島工廠の消滅は、極短時間で完了したのだ。

 

「これって、任務完了? で良いのよね……?」

 

 

 リーナが自分に問いかける。破壊目的の研究所は、自分以外の何者かによって完全に消し去られた。任務を遂行しようにも、もうその対象が無い。リーナは釈然としない思いを抱えながら、強襲艇へ降下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 克人はエリカとレオの取り調べを棚上げにして、わたつみシリーズの少女たちと共に民間港へ向かっていた。克人が南盾島を訪れた目的は、国防軍に虐待されている年少の魔法師の保護だ。エリカたちが何をしていたのか、実は非常に気になっていたが、優先順位は四亜たちの方が上だ。

 軍用エリアと観光エリアを分けるゲートにたどり着いた時に、背後に強烈な魔法の気配を感じ、克人は焦った。

 

「(まさか、ヘヴィ・メタル・バースト!?)」

 

 

 南東海岸部で爆発が起こる直前に伝わってきた気配と同じものを感じ取り、克人は最大出力の対物・耐熱防壁を展開しようとした。例えヘヴィ・メタル・バーストだろうと、自分に防げないとは、克人は思わなかった。しかし同時に、絶対確実と自惚れる事も出来なかった。先ほどの爆発には、それだけの威力が感じられた。

 だが、克人の防御魔法は実行されなかった。ヘヴィ・メタル・バーストと仮定される魔法が未発に終わったからだ。途中で重なるように割り込んできた、精緻な魔法の気配。その魔法は、驚くほど影が薄かった。しかし、その魔法がヘヴィ・メタル・バースト(仮)を波状に追い込んだのは、状況から考えて確実だ。

 気配を悟らせず大きな効果を発揮する魔法。克人はこれに、覚えがあった。

 

「(司波、お前も来ているのか?)」

 

 

 克人はそれを確かめたいという衝動を覚えたが、立ち止まった自分を見る少女たちの視線に気付いて、衝動をねじ伏せた。今は、彼女たちを安全な場所まで避難させることが何より優先される。彼は民間港へ向けての移動を再開したのだった。




やはりリーナはポンコツだなぁ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。