劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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分かり切った事だっただろうに


実験失敗

 達也の不吉な予想は、残念ながら的中し始めていた。非常階段の分厚い扉を開けるや否や、達也たちの耳にけたたましい警報と、怒鳴り合う声が聞こえてきた。先ほどの諍いを忘れ達也と顔を見合わせた盛永が、慌ててコントロールセクションに飛び込む。廊下では聞き取ることが出来なかった怒鳴り声が、盛永の耳にはっきりと届いた。

 

「馬鹿な、何かの間違いだろうっ!」

 

「観測に間違いはありません! 『セブンス・プレイグ』は落下していますっ!」

 

「何故こんなことにっ!?」

 

「設定に不備があったんじゃないか!?」

 

「設定のチェックには貴方も加わったじゃない!」

 

 

 監禁されているはずの盛永が姿を見せた事に、誰も注意を払わない。室内の誰にも、そんな余裕は無かった。その不自然さに、盛永自身も気付いていない。

 

「まさか……」

 

 

 彼女は顔面蒼白になって、ここの総責任者の姿を探した。彼はいつも通り、中央コンソールの側に立っていた。

 

「所長! これはいったい何事ですか!」

 

「……盛永君か」

 

 

 兼丸は盛永の姿を見ても、驚かなかった。「閉じ込めていたはずなのに、どうやって出てきた」と逆上もしなかった。

 兼丸は実年齢の割に若く見えていた。自信と野心が彼の外見にもエネルギーを与えていたのだが、今は実年齢以上に老け込んで見える。彼の声は、疲れ切った老人のもののように聞こえた。

 

「所長。何があったんですか!? まさか、失敗したのではないでしょうね……!?」

 

 

 盛永の頭の中からも、彼女と兼丸の間にあった意見の対立、ついさっきまで兼丸に閉じ込められていた事などがすっぽりと抜け落ちていた。

 

「……セブンス・プレイグは、二十四時間以内に落ちてくる」

 

 

 兼丸は盛永から視線を逸らして、手許の小さなモニターに目を落とし答える。その答えを聞いて、盛永はこれ以上ないまでに目を見張った。

 

「……だから言ったじゃないですか! 最低一週間はインターバルを設けるべきだと! 計都は本来十二人用ですよ! 十二人で行うはずの実験を八人で行う事自体、無理があったんですから!」

 

「実験の準備に、瑕疵は無かった。実験は完璧だった。今回のデータは次回の成功に、大いに役立つだろう」

 

「ふざけないで! 次なんてありません! いい加減にしてください!」

 

 

 盛永の絶叫が、責任を擦り付け合う怒鳴り声をかき消した。コントロールセクションの視線が、二人に集まる。短い沈黙の後、兼丸がぽつりと呟く。

 

「予期せぬ結果になったのは、想定外の爆発の所為だ」

 

 

 その声は、だんだんと憎々しげな色彩を帯びていった。

 

「防衛陣地に加えられた大規模な魔法攻撃の影響で魔法式が狂ったんだ。実験の失敗は、無法な侵略者の所為だ」

 

「そんなことで狂うわけないでしょう!」

 

 

 呆れかえった盛永が兼丸を責めるが、彼女の叫びはもはや兼丸には届いていなかった。

 

「私は悪くない。私は悪くない。私は……」

 

 

 ただそれだけを繰り返す兼丸に、盛永は何も言えなくなってしまった。

 二人が言い争ってる間、達也は二人の口論を黙って聞いていたわけではない。研究所員を押しのけてコンソールを操作し、状況の把握に努めていた。だが、兼丸の言い訳を聞いていられなくなったという面も、間違いなくあった。

 兼丸の言い分にも、一理はある。魔法式は、魔法師の内側と、事象改変の対象となるエイドスにのみ存在するものだ。この場合の改変対象は高度四百キロの衛星軌道上にあるのだから、南盾島を標的にしたヘヴィ・メタル・バーストの影響を受けたとは考え難い。

 その一方で起動式は、いったんCADの周囲の空間に展開される。近距離で大量の余剰想子が放出された場合、起動式が狂うというのは十分にあり得る。しかしその場合は、起動式の読み込みを中止すればいいだけだ。これだけ大掛かりな実験で、起動式がモニターされていないという事はあり得ない。もしヘヴィ・メタル・バーストの影響で起動式が攪乱されて、それが魔法式を狂わせたのであれば、起動式のモニターが不十分だったという事になる。つまり、実験の不備に他ならない。

 兼丸の言い訳は非論理的だ。戦略級魔法の開発に携わる科学者に、それが理解出来ないはずはない。そんな自分でも信じていない自己弁護を聞かされるのは苦痛だった。

 達也がコントロールセクションとオペレーションエリアを仕切る透明のシールドにCADを向けた。次の瞬間、シールドは砂となって消え去る。達也が兼丸へ振り返り声をかける。

 

「実験は終わった。もう閉じ込めておく必要は無いだろう」

 

 

 達也はシールドが無くなった窓から、十数メートル下のフロアに飛び降りた。それを見た盛永がハッとした顔で、兼丸に背を向ける。彼女は本来の目的を思い出して、モニター席があるフロアへ降りる階段へ走った。

 警報が一段と音量を増す。兼丸と盛永の口論を呆然と見ていた他の研究員が、我に返ったのか我を失ったのか、慌ててコントロールセクションから逃げ出していく。

 

「警備! 侵入者だ、早く来てくれ! 私の計都が……」

 

 

 そんな中兼丸は対照的に、中央コンソールにしがみついて警備員を呼んでいた。もはや誰も兼丸の事など気にする余裕がないようで、彼は一人コントロールセクションに取り残されたのだった。




無様な爺の出来上がり

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