劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1291 / 2283
さすがの達也でも仕方ない


読み間違え

 空の上に馬鹿笑いが響く。USNA軍の飛行装甲服スラスト・スーツで空中に浮いているラルフ=アルゴルが、眼下の光景に大はしゃぎしているのだ。

 

「ウヒャヒャヒャヒャ。総隊長、こりゃまた随分派手にやったもんだ」

 

 

 ラルフ=アルゴルはスターズ第一隊所属の恒星級隊員。クラスは二等星級。同じ隊で同じファーストネームを持つミルファクが遠距離戦闘を得意としているのに対して、アルゴルは近距離戦闘に特化しているタイプの戦闘隊員だ。

 

「ラルフ、馬鹿笑いは止めろ」

 

 

 スターズ第一隊の隊長、つまりアルゴルの直属の上官であるカノープスが、渋面で彼を窘める。この構図はよくあるもので、アルゴルは一応笑いを止めたが、あまり恐れ入ってる様子はない。声にこそ出さないものの、顔はまだ笑いの形に歪んでいる。

 

「ですが隊長、どうします? あれじゃ俺たちも暫く突入できませんぜ」

 

 

 島は現在、雷光が閃く熱い雲に丸ごと覆われている。元防衛陣地があった東岸は、熱せられた溶岩に戻った岩肌が発する赤い光がぼんやり見えるが、稜線の北西側はそちらに向かってプラズマの嵐が吹きあがった所為か、浮遊する火山灰に遮られて基地の照明も見えない。

 

「……確かに。あの熱、そして電磁波にスラスト・スーツがどの程度耐えられるか……暫く待った方が良さそうだな」

 

 

 遺憾ながら、カノープスはアルゴルの言い分を認めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘヴィ・メタル・バーストの爆発が起こった時、達也は建物の陰を伝いながら研究所、南方諸島工廠に接近している最中だったが、突然の爆音に、達也は物陰で思わず足を止めて南東の空を仰ぐ。

 

「(今の魔法は、ヘヴィ・メタル・バースト……!?)」

 

 

 不用意に声に出したりはしないが、立ち止まって心の中で独白してしまう程度には、達也も驚いていた。

 

「(まさか、リーナが来ているのか? スターズがこの島に、いったい何の用だ……?)」

 

 

 答えを推測するのは、難しくなかった。現在、この南盾島でUSNA軍参謀本部の興味を引きそうなものといえば、九亜が関わっていた大規模魔法くらいしか思い当たらない。

 まさかこの基地を破壊するつもりではないだろう。いくらUSNAでも、同盟国の基地を破滅に追い込むような真似はしない、はずだ。だとすれば、潜入作戦。大規模魔法のデータ強奪。ヘヴィ・メタル・バーストは陽動か。

 

「(それにしても相変わらず加減を知らないな……)」

 

 

 陽動にしては、明らかにやりすぎだ。達也は苦笑いして、建物の陰から飛び出した。今ならば基地の警戒はUSNA軍へ向いている。達也はこの機に便乗する事にした。

 南方諸島工廠の側ままで一気に駆け寄り、壁に拳銃形態のCADを向ける。壁の一部が砂と化し、人が通り抜けられる穴が空く。達也はその穴から南方諸島工廠に侵入した。

 スターズと交戦する必要はない。彼らが到着する前に、九亜の仲間を連れだす。その判断自体は誤っていなかったが、達也はスターズの狙いを根本的に読み間違えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘヴィ・メタル・バーストによる爆発と島を覆った暗雲は、ショッピングモールからも当然見えていた。観光客は突然の大爆発に悲鳴を上げ、黒く塗りつぶされた空を走る雷光に逃げ惑う。あちこちで「火山の爆発」という声が上がっていた。

 

「噴火!?」

 

 

 爆音と噴き上がる煙を見たエリカも、最初はそう思った。

 

「いや、何か違うぜ」

 

 

 だが隣で空を睨んでいたレオの言葉を聞いて、噴火にしてはおかしいとエリカは考えを変えた。もちろん、そんな事は口にしないが。

 

「何だかよく分からないけど、これはチャンスね」

 

 

 代わりにエリカは、レオに向かってそう告げた。島全体に警報が鳴り響く中、観光客が港や空港に向かって一斉に駆け出す。警備の兵士たちが、パニックによる死傷者が出ないように観光客を必死に誘導している。今ならば軍事エリアと観光エリアを隔てているゲートを、ほぼノーチェックで通り抜けられるに違いない。エリカはそう判断した。

 詳しい説明をされなくても、レオはエリカの考えを理解したようだ。観光客の流れに逆らって走り出したエリカに、レオはぴったり遅れずについていく。ゲートに近づくにつれて観光客は減り、走る速度は上がった。

 だが人影がまばらになるということは、それだけ目立つという事だ。ゲートの方から走ってきた本物の憲兵に、二人は呼び止められてしまう。

 

「お前たち、避難する民間人を誘導せよという命令を聞かなかったのか!」

 

 

 咄嗟に話しかけられ、手にしたミズチ丸の鞘を握りしめるエリカ。それで憲兵を打ち倒すという短絡的な行動にエリカが踏み切る前に、レオが憲兵に向かって直立姿勢を取った。

 

「研究所員の避難を手伝うよう命じられました!」

 

 

 大声で嘘を怒鳴り、見様見真似の敬礼をして再び走り出す。その敬礼が偶然、様になっていた所為で、憲兵は大いに混乱した。

 

「何? お、おい!」

 

 

 南方諸島工廠の内実は、基地内でも上層部の一握りにしか知られていない。だが何か重要な研究をしているらしい、ということは基地に所属する多くの士卒が知っていた。この憲兵も、噂として知っていた。

 実態を知らないから「研究所員の避難を手伝う」という命令の妥当性を判断出来ない。観光客よりも研究員を優先して避難させるのが、あり得ない命令だと言い切れない。むしろ妥当なのでは、とも思えてしまう。

 結局、憲兵の制止は言葉だけの中途半端なものになってしまった。エリカとレオは歩哨がいなくなっていたゲートを、簡単に通り抜けた。




嘘もたまには役に立つ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。