劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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久しぶりに「お兄様」って使った気がする……


軽い嫉妬

 別荘の建物は、プライベートビーチから一段高くなった場所に立っている。その海と砂浜と桟橋を見下ろすウッドデッキで、達也と深雪は北山家の家政婦、黒沢お手製のトロピカルティーを味わっていた。

 

「美味しいですね、お兄様」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 深雪が南国の真っ赤な果実よりも瑞々しく艶やかな唇をストローから離して、達也にはにかんだ笑みを向け声をかけると、達也はすぐに同意を返した。深雪が顔を向けた時には、達也の眼差し深雪に注がれていた。

 見られていた。深雪はすぐにそう思った。それは彼女にとって、少しも嫌な事ではない。達也に見てもらえるのは、むしろ喜ばしい事だ。

 

「(お兄様に見られている)」

 

 

 達也の視線を浴びて、深雪の心は高揚していく。期待と不安が躊躇わせていた質問を、今なら聞ける。そんな気がしてくるまでに。

 

「お兄様……」

 

 

 達也が「んっ?」という眼差しで深雪の瞳を覗き込んだ。やはり恥ずかしいのか、深雪は達也の視線から逃れるように目を泳がせる。

 

「あの……如何でしょうか? その……新しい水着です。先日、お買い物に連れていってくださった時に、お兄様に選んでいただいた……似合っていますでしょうか?」

 

「とてもよく似合っているよ。思った通りだ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 深雪の問いかけに、達也は一瞬も戸惑うことなく、穏やかな笑みを浮かべ答えた。その答えに、急に熱を持った頬を両手で押さえて、深雪が身体ごと横を向く。彼女はしびれるような多幸感を全身で味わっていた。

 

「雫お嬢様、ほのかお嬢様。お二人の分もご用意できました」

 

 

 黒沢が雫とほのかを呼ぶ。ウッドデッキの手すりから身を乗り出してビーチを見ていた二人が、テーブルに戻ってきた。

 普通なら主である雫やほのかの分を用意するのが先な気もしないでもないが、これは黒沢の独断ではなく雫の命令である。彼女は自分たちの分よりも先に、達也にこのお茶を味わってもらいたいと願い、黒沢にお願いしたのである。

 

「達也さん、美味しい?」

 

「ああ、凄く美味しいよ」

 

「よかった」

 

 

 達也の感想に、雫だけではなく黒沢も嬉しそうにしているように深雪には見受けられた。去年の夏休み、同じように北山家の別荘で過ごした際に、黒沢が達也に並々ならぬ好意を寄せているのではないかと疑っていた深雪としては、今回も気が抜けないバカンスになりそうだと感じていた。

 

「深雪、どうかしたの?」

 

「何でもないわよ。それより、ほのかも座ったら?」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 自分の隣を指差して、深雪はほのかに着席を勧める。無論達也がそれを見ているだけなはずもなく、雫とほのかが腰を下ろす時、しっかりと彼女たちの椅子を引いたのだ。

 

「ありがとうございます、達也さん」

 

「達也さん、ありがとう」

 

「お礼を言われるような事はしてないんだがな」

 

 

 達也としては、身体に刷り込まれた習慣のようなもので、相手が雫やほのかだからしたわけではないのだ。だが彼女たちからすれば、達也に椅子を引いてもらっただけで嬉しかったのだろう。満面の笑みで達也にお礼を言ったのだ。

 

「雫お嬢様、私は中にいますので、何かございましたらお声がけください」

 

「分かった。ありがとう、黒沢さん」

 

 

 黒沢が室内に下がるのを確認してから、雫とほのかは達也に視線を向ける。

 

「達也さん、この水着どうですか?」

 

「似合っているよ。雫もほのかも、可愛いと思うぞ」

 

「本当ですかっ!」

 

「あらお兄様。深雪には可愛いなんて言ってくださいませんでしたのに、雫とほのかには言うんですか?」

 

「深雪も可愛いと思っているぞ。別にあえて言わなかったわけではないんだが」

 

「珍しい。深雪が達也さんにそんな態度をとるなんて」

 

「普段はしないわよ? でも、雫やほのかが可愛いと言われて、私だけ言われてないのはちょっと寂しかっただけよ」

 

「エリカや美月は言われてないと思うけど?」

 

 

 雫の問いに、深雪は明後日の方へ視線を向けて誤魔化す。もちろん、三人とも深雪が嫉妬しているという事は分かっているので、それ以上深雪への追及はしなかった。

 

「後でエリカにも聞かれそうだね」

 

「エリカも達也さんに褒めてもらいたいと思ってるだろうし、エリカも嫉妬深そうだもんね」

 

「あら、私が嫉妬深いって言ってるのかしら?」

 

「現に今、深雪は私とほのかに嫉妬してた」

 

「妹なのにね」

 

「雫やほのかは、私がこんな風にお兄様に依存している理由は何となく知ってるでしょ」

 

「私は夏休みに聞いたからね」

 

「私は論文コンペの時に……達也さんの魔法のお陰で、深雪がこうして今生きているって事を教えてもらった」

 

 

 大勢の前では言っていないが、個別にほのかに質問されたので、深雪は自分の身に起きた事をほのかにも話している。達也もそのくらいならと事後承諾ではあるが許してくれたので、深雪はそれほど罪悪感を懐かずに済んだのだった。

 

「達也さんがいなかったら、私たちも無事に横浜から脱出出来ていたか分からない」

 

「達也さん、改めて助けてくれて、ありがとうございました」

 

「お兄様にとって、あれくらい苦では無かったでしょうが、私からもお礼を言わせてください」

 

 

 美少女三人に頭を下げられ、達也は若干の居心地の悪さを覚えたが、三人が心からお礼を言っているという事は彼にも理解出来ているので、とりあえず素直にお礼を受け入れたのだった。




妹だろうが従妹だろうが、深雪は嫉妬してるなぁ

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