幹比古と美月がやってきたので、エリカは漸くレオを開放して二人に詰め寄った。
「さっきから見てたけど、随分といい雰囲気を醸し出してたわね。ひょっとしてお邪魔だったかしら?」
「そ、そんなこと無いよ。というか、僕は兎も角柴田さんに失礼だろ!」
「そうかしら? 美月だって満更でもなさそうな表情を浮かべてたように見えたけど」
「エリカ、あんまりからかうのは二人に失礼よ」
「何よ。深雪だってミキと美月はお似合いだって思うでしょ?」
「まぁ、私と達也様程ではないですけど、確かにお似合いだと思うわよ」
「はいはい……隙あらば惚気ないの」
立場としては同じ婚約者だが、自分はここまで開けっぴろげに惚気られないと考えているエリカは、深雪を少し羨ましげに眺めていた。
「それで、僕を呼んだのはケーキを運ぶためだって聞いたけど」
「えぇ。それじゃあミキ、レオ、頑張ってね」
「気に入らねぇが、男手が俺たちだけだから仕方ないか」
「さすがに主役に運んでもらおうなんて考えないわよ」
レオと幹比古がキッチンに引っ込んだのを見計らって、エリカと深雪は人の悪い笑みを浮かべて美月に詰め寄る。
「それで、ミキと何の話をしてたのかしら?」
「随分と楽しそうにしてたけど、いい加減付き合ったらどうなの?」
「エリカちゃん!? 深雪さんまで……私と吉田君はそういう関係じゃないですよ!」
「でもさ、この動画を見る限り、どっからどう見ても熟練の夫婦よね」
「仕事から帰ってきた旦那様の上着を受け取る妻の図よね、これは」
「何でその映像が残ってるんですか!?」
エリカが端末で再生したのは、侍朗を相手にするときに上着を脱ぎ、当たり前のように美月に手渡す幹比古が移された映像だ。山岳部一年が録画し、間違って学園掲示板に添付されたものだが、既に削除されたはずのものなので、美月の驚きは想像以上だった。
「大本を削除しても、こうして個人で保存している場合があるのよ」
「でも、達也さんが削除させたって……」
「まぁ、あの時保存したやつは削除したけど、山岳部には元データがあるわけだし、こうして持ち出すのも難しくないのよ」
「というか、矢車君から貰ったんでしょ? 動きを確認するからとか言って」
「せいかーい!」
楽しそうに話す深雪とエリカを見て、美月はなんだか疲れ果ててしまったようにため息を吐いた。そんなやり取りを見ていたのか、達也が美月に話しかける。
「美月、どうかしたのか?」
「げっ、達也くん……」
「ん?」
自分を見て驚いたエリカを不審がって眺めると、エリカの顔から汗が流れ落ちた。
「いえ……エリカちゃんが前の動画を持っていたので、ちょっと驚いただけです」
「前の動画? 幹比古が矢車と組手をした時のやつか? だがエリカは削除したと言っていたが」
「矢車君から貰ったそうですよ、達也様」
「深雪の裏切者っ!?」
あっさりと自分を達也に明け渡した深雪に恨みがましい視線を向けるが、深雪は気にした様子もなく美月の側に移動した。
「まぁ、エリカも自分がからかわれたらどうなるか分かってるんだから、あんまり美月をからかうのは止めるんだな」
「はーい……でもさ、いい加減付き合ってもいい頃だと思わない? もう二年近く二人のもどかしい関係を見せられてるんだし」
「俺たちがとやかく言うべき事ではないだろ。幹比古と美月にだってタイミングがあるんだから」
「そうだけどさ~」
「そもそも、二人が付き合ったからといって、エリカは何かするつもりでもないんだろ?」
「精々冷やかすくらいかしらね」
少しも考える素振りも見せずに即答したエリカに、達也は苦笑いを浮かべる。
「恋人よりも先に行っているエリカが冷やかすのか? それこそ、幹比古と美月に手痛いカウンターを喰らわせられるだけだろ」
「美月とミキがそんな事出来るわけ無いじゃない。そもそも、そういう悪いことをすぐ思いつけるのは達也くんくらいでしょ」
「別に悪いことではないだろ。先にエリカが仕掛けたことなんだから」
「まぁね」
ちっとも悪びれた様子のないエリカに、深雪も苦笑いを浮かべながら美月に話しかける。
「今達也様が言われたように、エリカに何か言われたらそうやって返せばエリカも大人しくなるから、美月は自分のペースで吉田君と仲良くなればいいのよ」
「わ、私と吉田君はそういう関係じゃないんですよ……」
「貴女、自分の気持ちを隠しきれていると思っているの?」
「うぅ……達也さん、深雪さんが苛めます」
「別に苛めてるわけじゃないのよ? でも、このまま何もなく卒業してしまったら、貴女きっと後悔するわよ?」
「そうそう。せっかく旅行とかも一緒に行ってるのに、何もしないで終わってるんだし、後一年くらいだけど、少しくらい進展しておいた方が美月の為でもあるんだから」
「……何となくいい事風に言っていますけど、からかって楽しんでるんですよね?」
美月の指摘に、深雪もエリカも視線を逸らして口笛を吹き始める。その態度で自分はまたからかわれていたのだと確信した美月は、頬を膨らませて二人に詰め寄る。
「美月、私たちは本気で貴女の恋を応援してるのよ。だから、少しちゃんと考えなさい」
「そうね。からかい半分なのは認めるけど、応援しているのは本当だから」
「う、うん……」
達也に知られないよう口元を手で隠し小声で美月に告げる二人に、美月は怒る気分ではなくなってしまったのだった。
応援したくなるカップルですから