自分がどう動くべきなのか悩んでいた真由美は、盛り上がっているほのかたちを横目に珍しくコーヒーを飲んでいた。
「お姉ちゃんがコーヒーなんて珍しいね。何時もは紅茶なのに」
「私だってたまにはコーヒーくらい飲むわよ。飲めない程子供舌じゃないもの」
「でも、砂糖やミルク入れてたよね?」
「ブラックで飲めるほど飲んでないもの……」
「別にブラックコーヒーが飲めるからって大人ってわけじゃないとは思うけどね」
そう言いながら香澄は自分で淹れた紅茶をテーブルにおいて真由美の正面に腰を下ろした。
「香澄ちゃんは向こうの騒ぎに交ざらないの?」
「ボクは当日の配膳が仕事だから、今は暇なんだよ。お姉ちゃんだって、当日まで暇なんでしょ?」
「まぁ、私は調理担当だからね」
調理担当は深雪と水波がメインで、真由美とほのかが補佐として選ばれている。本当は愛梨が補佐に入りたがっていたのだが、深雪との相性を考えて真由美が補佐として選ばれたのだ。
「それで、お姉ちゃんは達也先輩の頼みごとを果たすつもりはあるの?」
「当然じゃない。私は別に十文字くんと特別な関係にあるわけじゃないんだし、四葉家全体を敵に回す程愚かじゃないわよ」
「達也先輩一人でも大変なのに、そこに司波先輩や水波、その他超一級品の魔法師全員が、お姉ちゃんを狙うわけだしね」
「そんな恐ろしいこと、想像でも考えたくないわよ」
そういう理由もあるが、一番は達也の事を本気で想っているからだと、香澄も真由美の気持ちを理解している。とりあえず真由美と一緒にいても自分に不利益は無いと判断して、香澄はこうして真由美と会話しているのだ。
「今日は? 一色さんの探りはあったの?」
「無かったわよ。達也くんも探る理由がなくなったから止めさせたんでしょ」
「そう思わせておいて、実はこっそり探られてるのかもしれないよ?」
「止めてちょうだい! せっかく一息つけると思ってるんだから」
「そもそもがお姉ちゃんの軽率な行動が招いたんだから、自業自得でしょ」
「はい、そうですね……」
自分が悪いという事を自覚している真由美は、香澄の言葉に反論する事が出来なかった。
「お姉ちゃんが疑わしい行動をしたから、ボクまで疑われそうになったんだから」
「それについては謝ることしか出来ないわね……私だけならともかく、香澄ちゃんまで疑われる事になるなんて思わなかったもの……」
「てか、疑われるかもって分かってたならもう少し考えて行動しなよ! 何時もボクたちに偉そうに言ってるんだから、お姉ちゃんだって実行してくれなきゃ困るんだよ」
「仰る通りで……とにかく、今後は疑われるようなことはしないから、そこは信じてちょうだい」
「……まぁ、次は無いって達也先輩に言われてるんなら、いくらお姉ちゃんが考え無しだからって裏切るような事はしないって分かるけどさ」
「考え無しじゃないわよ! ちょっと言い過ぎじゃないかしら?」
「言われても仕方ない事をしたんだから、少しは反省しなさい」
「はい……」
完全に姉の威厳が地に落ちたと、真由美はしばらく大人しくしていようと心に決める。姉が反省しているのが分かった香澄は、とりあえず毒づきを止めて真面目な表情を作った。
「そもそもお姉ちゃんが兄貴の意見を支持した理由は何なのさ? 自分が矢面に立ちたくないからなんて理由じゃないよね?」
「達也くんが孤立しないようにしようとした、って前にも言わなかったっけ?」
「それが本当の理由だとは思えないんだけど。そもそも達也先輩なら孤立したって問題なさそうだし」
香澄の、聞きようによってはかなり酷い事を言っているようなセリフに、真由美は思わず納得してしまった。達也が孤立したとしても、一人で状況を打破するだけの頭脳と資金、そして技術がある。そこに深雪や愛梨、ほのかや雫も付き従うだろうから、孤立するなどという心配は最初から不要なのだと。
「ボクたちだって兄貴の考えには反対だからね。会議の席で達也先輩が言ったように、警察や軍にだって既に働いている魔法師がいるのに、それを無視して深雪先輩をアピール材料にするなんて、彼らの活躍が大したこと無いって言ってるようなものだし」
「私だって考え直した方が良いって思ってるけど、十文字くんが協力してくれって言ったから――」
「お姉ちゃんが面白そうだからって、自分で首を突っ込んだんでしょ?」
「うっ……さすがにお見通しか。説得できればそれが一番だとは思ったけど、冷静に考えれば達也くんが言った通りなんだよね……すでに働いている人たちの功績を無視すれば、そっちからも反乱が起こるかもしれないし」
「そもそも反魔法師運動をしてる連中の言い分は的外れなものが多いんだから、相手にするだけ無駄だよ。こっちが必死になって反論すればするほど、向こうの思うつぼだと思うし」
「香澄ちゃんって、意外と鋭いわよね……」
「これでもちゃんと考えてるんだから」
何も考えてないような印象だった妹が、しっかりと考えていたという事に驚いた真由美だったが、最近の行動を考えれば何も考えていなかったのは自分だったと再び反省をした。
「とにかく、私は私に出来る事をして達也くんに信用してもらうしかないんだし、出来る限り頑張るわよ」
「なら良いけど。今後疑われても、ボクは無関係だからね」
最後にそう言い残して、香澄は自分の部屋に戻っていった。残された真由美は、妹にまで疑われていたショックと、決別を言い渡されたショックで、もう一度凹んだのだった。
しっかりと反省して、今後疑わしい行動は慎んでもらいましょう