劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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自分も疑われるんじゃないかとびくびくです


香澄の心情

 放課後、風紀委員として見回りをしていた香澄ではあったが、何時ものような「絶対に違反者を見逃さない」という気概は見えず、どこか浮足立っているような雰囲気があった。

 

「アイツ、何かあったんですかね?」

 

「さぁ? それよりも七宝、お前も見回りに行ってきたらどうだ」

 

「そうですね。では十三束先輩」

 

 

 香澄の奇行が気になった琢磨ではあったが、わざわざ聞きに行くほど親しい間柄ではないし、香澄が浮かれている分自分が違反者を取り締まればいいと逆に意気込んだのだった。

 琢磨が自分の事を心配していたなど露も知らずに、香澄は何時ものルートを巡回し終えて風紀委員本部へ戻る。

 

「本日も異常ありませんでした」

 

「ご苦労様。香澄さん、これを生徒会室に届けてもらえるかな」

 

「はい、吉田委員長」

 

 

 幹比古に報告を済ませ、今度は幹比古から手渡された報告書を手に、香澄は生徒会室直通の螺旋階段を上り生徒会室に顔を出す。そこには、既に見回りを済ませ寛ぐ雫の姿があった。

 

「あれ、香澄?」

 

「北山先輩、お疲れさまです」

 

 

 やはり雫の事を恐れているのか、生徒会室の主にではなくまず雫に挨拶をしてから、香澄は深雪に一礼して報告書を手渡す。

 

「吉田委員長からです」

 

「ご苦労様。確かに受け取ったわ」

 

 

 これで香澄のお使いは終了。特に問題が起こらなければこのまま帰っても誰も咎めない。香澄は雫のように空いている席に腰を下ろし、今更ながらに達也がいない事に気がついた。

 

「あの、達也先輩は?」

 

「司波先輩でしたら、既に自分の仕事を終えてスミス先生に頼まれていた後輩の指導に行かれましたわ」

 

「後輩の指導?」

 

「九校戦に向けて、エンジニアのレベルアップを狙っての事でしょう。CADの調整方法や選手への負担を減らす為にはどうすればいいかの二点を教えてほしいと前々から頼まれていたようですよ」

 

「それって教師がする事じゃないの?」

 

「司波先輩以上に素早く、かつ無駄のない調整が出来る教師がいると思っているのですか? 悔しいですけど、その点に関しては司波先輩は誰よりも優等生ですから」

 

「それで、達也先輩に益はあるの?」

 

 

 後輩を指導するのは、確かに先輩の役目ではあるが、達也は部活に所属しているわけではない。直接尋ねられれば教える事はあっても、学校から頼まれて教える義務はない。何か報酬がなければ、これは教師の職務放棄ではないのかと香澄は考えたのだ。

 

「どうなんでしょうね……司波先輩に今更技術的な評価点を与えたとしても、そんなの嬉しくないでしょうし」

 

「そんなのあげたら、満点を超えるでしょ」

 

「後で本人にお聞きになれば良いじゃないですか。この後、香澄ちゃんはウチにではなく新居に帰るわけですし」

 

 

 そこで泉美は、自分がとんでもない地雷を踏んだことに気付く。恐る恐る深雪の方へ視線を向けると、彼女はにっこりと笑みを浮かべていた。

 

「泉美ちゃん。お喋りも良いけど、まだ作業が残っているわよ?」

 

「は、はい! 直ちに終わらせます!」

 

 

 深雪の笑顔のプレッシャーに背筋を伸ばし、泉美は作業へ戻っていった。話し相手がいなくなってしまった香澄は、お茶を飲んでいる雫に話しかけた。

 

「北山先輩はどう思われます?」

 

「九校戦を見据えたことなら、達也さんにも益はあると思う。出来るエンジニアが増えれば、それだけ達也さんの負担は減るんだから」

 

「ですが、その出来るエンジニアを増やす為に達也先輩が苦労してはプラマイゼロだと思うんですけど」

 

「達也さんはこの程度で疲れるような人じゃないから。でも、確かに香澄の言う通りかもしれない」

 

「ですよね?」

 

 

 自分の意見に雫が同意してくれたことが嬉しくて、香澄は普段以上に大きな声になっていた。その事を感じ取った雫は、何時もの感情の薄い声音で注意する。

 

「少し声が大きい。まだ作業してる人がいるから」

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

「ん」

 

 

 素直に頭を下げた香澄に小さく頷いて、雫は深雪に向けて頭を下げた。そんな雫に対して、深雪は笑顔で手を振って返事をした。

 

「とにかく、ここでは私も香澄も余所者なんだから、あまり邪魔するのは良くない」

 

「そうですね」

 

「……そういえば、香澄のお姉さん」

 

「ん、お姉ちゃん?」

 

「うん、七草先輩。十文字先輩と噂になってるみたいだけど、それって本当なの?」

 

「北山先輩なら知ってると思いますが、お姉ちゃんは既に達也先輩との新居に引っ越しを完了させているはずですから、その噂は単なる噂だと思います」

 

 

 香澄の答えを聞いて、雫は瞼を閉じて何かを考え込むような仕草を見せた。自分が言った事で、それほど考え込むような要素があったかと、香澄は雫の仕草に首を傾げた。

 

「まぁいいや。何かあっても達也さんが自分で何とかするだろうし」

 

「あの……お姉ちゃんが何か達也先輩に不利益な事をすると?」

 

「香澄の家族を悪く言うのは忍びないけど、既にいろいろとやってるでしょ?」

 

「うっ……確かにお父さんや兄貴はやらかしてますけど、お姉ちゃんがそんなことをするとは、ボクは思えないです」

 

「私も本気で疑ってるわけじゃないけど、達也さんがどう思ってるかは分からない」

 

「後で話を聞くだけじゃなくて、誤解も解いておかないと……」

 

「でも、慌てて否定するほど怪しいことも無いし、達也さんとの話の流れで自然に誤解だと伝えた方が良いと思う」

 

 

 そもそも香澄は疑われていないのだが、まるで自分が疑われているような気分になっていた香澄に、雫は静かにアドバイスをしたのだった。




達也の苦労は無駄に終わる

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