昼食が終わり、もうすぐ午後のティータイムの時間。深雪は机に向かって受験勉強をしていた。彼女の魔法力なら、入学試験に落ちる事は無い。各魔法科高校に割り当てられた推薦枠に関係なく、魔法大学の方から「入学してください」と頼みに来るに違いない。
だが深雪は、ちゃんと試験を受けて合格するつもりだった。魔法学科だけでなく、一般学科でも恥ずかしくない点数を取るつもりだ。そうでなければ、達也の婚約者として相応しくないと思っている。
彼女が「そろそろお茶にしようか」と思って顔を上げた丁度そのタイミングで、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。誰かしら、と思っていると、水波が彼女を呼びに来た。
「水波ちゃん、何方だったの?」
「九島リーナ様、ミカエラ・ホンゴウ様両名です。達也様への面会をお望みでしたが、不在ですので深雪様にご判断を仰ごうと思いまして」
「リーナ? まぁいいわ。丁度休憩にしようと思ってたところだし、水波ちゃん。自分の分を含めてお茶の用意をして頂戴。たぶん、水波ちゃんも聞いておいた方が良いことでしょうから」
「……かしこまりました」
達也が良くする指示だが、深雪もこれは当然だと思っている。自分たちにお茶があるのに、水波にだけ無いのは居心地が悪いのだ。
水波にお茶の準備を頼み、深雪は先にリビングへ顔を出す。そこには少し所在なさげなミアと、そんな彼女を落ち着かせようとしているリーナの姿があった。
「ハイ、リーナ。久しぶりね」
「そうね。ミユキ、お久しぶりね」
実際は久しぶりというほど会っていないわけではないが、二人は気にせず挨拶を済ませ、ミアも慌てて頭を下げて挨拶をした。
「それで、達也様に御用だと伺ったけど、残念ながら達也様は第三課にお出かけ中よ」
「そうみたいね。さっきミナミ聞いたわ。本当は直接お礼を言いたかったんだけど……」
「お礼? この間の米兵救出に対するお礼かしら?」
「そうよ。捕まっていた兵士の中に、シルヴィがいたのよ。シルヴィはタツヤの事を知っていたし、彼に助けられたと連絡があったわ」
水波がお茶を三人の前に置き、自分の分を持って深雪の隣に腰を下ろす。それと同時に水波がリーナに質問を投げ掛けた。
「貴女は既にスターズとは関係ないことになっているはずですが、何故達也様が救出した米兵から情報が入ってくるのでしょうか?」
「確かにワタシはUSNA軍から抜け出したけど、表向きはまだ在籍してる事になっているのよ。まぁ、今回の件はそれとは関係なく、個人的な理由で知ってるんだけど」
「個人的な理由?」
「大事な友達だからね、シルヴィは。だから直接タツヤにお礼を言いたかったんだけど……出直すしかなさそうね。ミユキの雰囲気から察するに、一時間やそこらで帰ってくるって感じでもないし」
「そうね。達也様の予定は私も分からないもの。達也様がお帰り次第リーナに連絡するように伝えておきましょうか?」
深雪の提案に、リーナは少し考えてから首を横に振った。
「後日改めてまた来ることにするわ。さっきも言ったけど、直接お礼が言いたいので」
「そう。でも、あんまり遅いと今度は新居が完成しちゃうわよ? それまでには会いに来るって事で良いのかしら?」
「そうね。ところで、完成ってもうじきよね? ミユキは具体的な日付を聞いていないの?」
「残念ながら分からないわ……そもそも、私はそこに引っ越さないもの」
深雪も一緒に越してくるものだと思い込んでいたリーナは、深雪の一言に驚きを隠せずにいた。
「あのミユキが達也と離れて暮らすなんて……本当に大丈夫なの?」
「心配してもらうなんて思ってなかったけど、ずっと離れ離れというわけじゃないし、達也様も一週間に一日はこちらにお戻りになられるようですし、耐えられない程でもないと思うわ」
「それなら良いけど……ほら、ミユキが暴走したら世界が滅ぶとか聞いたことがあったから、ちょっと心配でね」
もちろんそれは、エリカの冗談だったのだが、リーナは割かし本気で信じていた。深雪自身もあながち間違いではないと感じたのか、噂の出所をリーナに聞くことはしなかった。
「それじゃあ、ワタシたちはこれで失礼するわね。ミユキ、今度また勝負しましょうね」
「それは構わないけど、私とリーナが『本気』で勝負したら、それこそ世界が滅びかねないわよ?」
「その時はタツヤに止めてもらえば大丈夫でしょ? 前に戦った時みたいに、魔法全てを吹き飛ばすような感じで」
その時の事を知らないミアは、リーナと深雪が戦っていた事にも驚いたが、それ以上に二人の魔法を吹き飛ばした達也に驚いている感じだった。
「あの、リーナ……」
「何、ミア?」
「魔法全てを吹き飛ばす、とは?」
「おっと……悪いけどこれ以上は教えられないわ。タツヤ本人の許可が無いと、ワタシの身が危ないもの」
「達也様はそんなことしないと思うけど、四葉家がどう動くか分からないものね。というか、ミアさんは知らなかったんでしたっけ?」
「詳しい事は……タツヤ・シバに助けてもらったのは私も同様ですが、シルヴィア准尉も私も、どうやって助けてもらったのかまでは……」
てっきり知っているものだと――リーナが話しているものだと思っていた深雪は、意外そうにリーナを見て、そして笑顔で口を閉ざしたのだった。
これからしばらく幕間だったり別口だったりします