劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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四葉の技術力も凄いなぁ……


達也の為の新武装

 克人にとって、今日は久しぶりに十師族としての仕事がない日曜日だった。午前中、なかなかじっくり時間を取れない魔法大学の課題を片付け、昼食後レコードを聴いて寛ぐ。二十一世紀末現在、アナログレコードは割高だが、好事家たちの間で一定の需要がある為、今でもオーケストラの演奏を中心に毎年新規で録音されている。克人はその好事家の一人だった。

 本音を言えば克人は、室内楽でもソロでも良いから生演奏の方が好きなのだが、生憎彼には楽器の演奏を習得する時間も、演奏家を呼ぶ時間もない。彼だけでなく、十文字家の人間には「一騎当千」の名に相応しい力を身につけ、維持するためにそれ以外の事に割く時間が殆どないのだ。

 

「克人、邪魔するぞ」

 

「親父」

 

 

 部屋に入ってきたのは、克人の父親で十文字家前当主の十文字和樹だった。彼はまだ四十四歳。引退するには早すぎる年齢だが、十文字家の切り札に付きまとう宿命とも言える代償の為、引退を余儀なくされ、今年二月の師族会議を機に家督を克人に譲ったのである。

 

「十山殿がお見えだ」

 

「十山殿が?」

 

 

 和樹が「十山殿」と呼ぶのは十山家当主、十山信夫だけだ。つかさではなくその父親が自分を訪ねてきた事に訝しさを覚えながら、克人はレコードを止めて応接室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は房総半島の先端近くに来ていた。山道から、向かい側の斜面にある刑務所のような施設を「視」る。そこには、彼が今から救助しなければならない魔法師が閉じ込められていた。達也が真夜の指令を受けたのは昨晩の事だ。だが達也が自宅を出発したのは昼食を済ませた後の事だった。

 達也は真夜の命令に盲目的に従うつもりは無いし、その必要性も感じられない。だが今回はそんな感情的な理由で動かなかったわけではない。達也は真夜の指令に逆らう必要性も感じていないからだ。仕事に掛かるのが遅くなったのは、単に何処へ向かえば良いか分からなかったからだ。昨晩の電話をかけてきた時点では、四葉家も米軍の工作員が囚われている場所を突き止めていなかった。

 達也は花菱兵庫が運転してきたバンボディのトラックに戻った。この場所の情報を持ってきたのも兵庫だった。電話では具体的な場所を告げず待ち合わせの場所のみ指定してきたのは、万が一の盗聴を避ける意味より、このトラックに達也を乗せる為だったに違いない。

 兵庫は運転席ではなく、トラックから降りて達也を待っていた。彼が頷くのを見て、素早く荷台の後方に回る。大きな箱型の荷台は、アルミ製に見えて実はチタン合金とセラミックの複合装甲板で出来ている。彼が手許のリモコンを操作すると、その後方扉の一部がスライドして小さな乗降口とタラップが現れた。

 

「達也様、どうぞ」

 

 

 兵庫に促されて荷台の中に入る。中は暗くなかった。タラップが降りると同時に、照明が点る仕組みになっているのだろう。荷台の中は、ちょっとした研究室という風情だった。そこには黒塗りのフルカウル電動バイクと、ハンガーに吊るされたライディングスーツのような物が用意されていた。

 

「これは……ムーバルスーツですね」

 

「さすがは達也様。一目でお分かりになるとは」

 

「独立魔装大隊のムーバルスーツをここまで再現するとは……」

 

「完全な再現は出来ませんでした。データリンクは遠距離照準補助用CADに接続できる機能を搭載するのが精一杯でしたし、パワーアシスト機能は断念するしかありませんでした。ただパワーアシストを犠牲にした分、防御性能とステルス性能はオリジナルの物より強化してあります。達也様が単独で動かれる分には、オリジナルより使い勝手が良いと自負しております。またこちらのバイクには、この飛行スーツとリンクする機能が搭載されています」

 

「つまり、バイクごと飛ぶ事が出来る?」

 

「然様でございます」

 

 

 達也はバイクに「眼」を向けた。バイクという形状の宿命から側方や後方からの攻撃に対してライダーを守る防御力は無い。だが前面からの攻撃に対しては装甲車並みの防御力を有している事が分かった。

 

「達也様、そのスーツにはまだ名前がありません。達也様にお名前を頂戴出来ませんでしょうか」

 

「いえ、それは辞退します」

 

「では便宜的に開発中の仮名称で『フリードスーツ』と呼ばせていただきます。良きお名前を思いつかれましたなら、是非頂戴致したく存じます」

 

 

 達也としては『フリードスーツ』で十分だった。「束縛から解放されたスーツ」というわけだ。「束縛から解放するスーツ」でないのが妙に思われたが、単なる語呂の問題だろうと達也は考え、「ありがたく使わせてもらいます」と一言断ってフリードスーツに着替え始めた。

 

 

 

 

 スーツと違って、黒塗りのバイクには名前がついていた。『ウイングレス』という名称だ。翼が無い、転じて翼が無くても飛ぶぞ、という意味らしい。これはなかなか洒落が効いていると達也は思った。

 『ウイングレス』に跨って、工作員が収容されている監獄に向かう。今回のミッションに挑むのは達也一人。兵庫はいざという時の為に先ほどのポイントで待機しているだけで、解放した工作員は収容所の車を奪って逃げる予定だった。

 支援要員がいなくても、達也に不安はない。元々彼の戦闘スタイルはワンマンアーミーに親和性が高い。自分の事だけ考えていればいい。この条件なら彼は自分の戦闘力をフルに発揮する事が出来る。

 余計なトラブルを避ける為に法定速度を守っていたが、それでもすぐに目的の建物が見えた。達也は手に入れた玩具を試すように、監獄の壁を黒塗りのバイクで飛び越えた。




ここから達也無双開始?

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