劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ロボっぽい喋り方って何だろう……


消えた詩奈

 各クラブから上がってきた報告の処理が一段落して顔を上げた泉美が、少し気がかりそうな声で呟く。

 

「詩奈ちゃん、遅いですね」

 

「そうだね。単なる面会にしては、時間がかかり過ぎているような気がする」

 

 

 風紀委員会の仕事を生徒会室に持ち込んで作業していた香澄が、顔を上げて同意する。

 

「誰が会いに来たのかな? ピクシー、分かる?」

 

「プライベートな情報につき・お答えできません」

 

 

 まるで女中相手のように香澄が尋ねたが、ピクシーの回答は機械的な決まり文句だった。

 

「そんな機械みたいな答えを……」

 

 

 香澄が引き攣り気味の笑みを浮かべながら講義する。先ほど雫に尋ねられた時はサイコキネシスで答えていたのに、何故自分相手に機械的な態度を取るのかと気になったのだ。

 

「マスターから・三年生以外には・機械らしく・振る舞う・ように・指示されて・います」

 

「メールの内容を聞くなんて、そもそもマナー違反」

 

「……はい、すみません」

 

 

 雫からさらにツッコミを受けて、香澄は白旗を揚げた。この二人の間には、先輩後輩を超えた力関係が出来上がっているようだ。

 

「詩奈はまだ面談中?」

 

『いえ、三矢様は既に下校されています』

 

「えっ?」

 

「何時!?」

 

『十分五十秒前です』

 

 

 雫に続いてほのかが質問すると、ピクシーはサイコキネシスで即答する。これは本来生徒会室のシステムにコマンドを渡す機能しか持っていないピクシーには知り得ない情報だが、この場で気づいた者はいなかった。

 

「おかしい」

 

「何がおかしいの?」

 

 

 雫の呟きに、ほのかが不吉な予感を覚えながら尋ねる。

 

「荷物が残っている」

 

「先輩、私、ちょっと聞きに行ってきます」

 

「香澄ちゃん、何処に行くんですか!?」

 

 

 慌てて立ち上がった香澄に問い返したのは「先輩」の雫でもほのかでもなく泉美だった。事務室に事情を聞きに行っても、プライバシー保護の名目で回答を拒まれるだろう。職員室でも同じことだ。

 

「侍朗のとこ。確か今日は、山岳部でしごかれているとか言ってた」

 

 

 香澄は双子の妹に情報通なところを見せて、生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手両膝を地面についてぜぇぜぇと息を荒げている侍朗を心配そうな目で見降ろしながら、幹比古は美月が広げている上着に袖を通した。その、どっちにツッコんで良いのか分からない光景を、香澄はまるで気に留めなかった。

 

「先輩方、失礼します! 侍朗!」

 

 

 香澄は侍朗の前につかつか歩いていくと、制服が汚れるのも構わず彼の前に両膝をついて目線の高さを合わせた。

 

「詩奈は何で急にいなくなったの!?」

 

 

 その言葉を聞いて、侍朗は空気を貪るのを忘れた。顔が青くなっているのは、酸素が足りないからではなかった。

 

「詩奈が……いなくなった?」

 

「侍朗、聞いてないの?」

 

 

 何事かと二人の周りに集まっていたエリカ、レオ、幹比古が、一斉に眉を曇らせる。そこで、侍朗が激しく咳き込んだ。

 

「ちょっと!? 大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

 

 それで我を取り戻した侍朗が、身を乗り出した香澄を制しよろよろと立ち上がった。覚束ない足取りながら全力で自分の鞄に駆け寄り、携帯情報端末から音声通信用子機を取り外して自分の耳にはめる。彼は声を潜めるのも忘れて、回線がつながったばかりのマイクに叫んだ。

 

「父さん! 詩奈がいなくなった! 何か聞いていないか!?」

 

『詩奈お嬢様が? 少し待て。すぐ折り返す』

 

 

 電話の相手は父親の矢車仕郎。仕郎はそう答えて一方的に通話を切った。じりじりしながら侍朗が見つめていたディスプレイに父親の名が表示されたのは、およそ一分後だった。

 

「侍朗だ! 父さん、何か分かったか!?」

 

『三矢家からは何も指示していないそうだ。いったいどういう経緯なんだ?』

 

「俺も今、聞いたばかりで……」

 

『……学校には元治様が問い合わせる。今のところお前は何もしなくていい。事情も分からない内から性急に動くと、かえって事態を悪化させる恐れがある』

 

「……分かった。何か判明したら教えてくれ」

 

『ああ。詩奈様が学校へお戻りになる可能性もゼロではない。お前はもう少し、そこで待っていろ。良いな?』

 

「了解だ」

 

 

 侍朗が終話ボタンを押す。彼は明らかに酷く混乱していた。

 

「香澄、いったいどういう事?」

 

「はい、その……」

 

 

 実は香澄も、なにも理解していないに等しい。それでも彼女は、自分が知っている事を整理してエリカに答えた。

 

「応接室に呼び出し、ね……」

 

「普通に考えれば、そいつらが連れて行ったんじゃねぇか?」

 

「いえ、連れ去られたとは限らないよ。自分から同行したのかもしれないし、来客とは無関係に帰宅したのかもしれない」

 

「生徒会室に詩奈の私物が置きっ放しなんです」

 

「とにかく、生徒会室に行ってみましょう」

 

 

 眉を顰めたエリカの提案に、レオが疑問を呈する。

 

「俺たちが生徒会室に行ってどうなるんだ? 誰が来たか、事務室で強引に聞き出した方が良いんじゃねぇか?」

 

「達也くんや十文字先輩じゃあるまいし、事務室の職員がほいほい言いなりになるはずないじゃない」

 

「だからといって、何で生徒会室なんだよ」

 

「生徒会室にはピクシーがいるでしょ」

 

「でもピクシーは、プライベートな情報だから答えられないって」

 

「達也くんに連絡して、ピクシーを説得してもらえば良いだけよ。緊急事態だと分かれば、ピクシーだって教えてくれるってば。それに、達也くんに命じられたら、ピクシーも従うだろうし」

 

「そうだね。生徒会室に行こう」

 

「うはっ。俺、生徒会室に足を踏み入れるのは初めてかもしれん」

 

 

 レオは思った事を口にしただけで、冗談で空気を和ませようというような意図は無かった。

 

「今まで呼び出されなかったのが不思議よね。あっ、呼び出されるのは風紀委員会の方か」

 

「そっちにも呼び出されたこたぁねぇよ!」

 

 

 だが、ギャアギャア言い合うエリカとレオに、胃が痛くなるような空気が少し緩んだのも確かだった。




別の意味で胃が痛くなりそうだけどな……

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