四月二十日、土曜日の放課後。一高の生徒会室には、生徒会長と書記長の姿が無かった。深雪は達也と共に今日の生徒会を休むと二日前から他の役員に告げていた。水曜日の夜に、真由美から会って話がしたいという申し出を受けていたからだ。
もっとも、ほのかや泉美に理由は告げていない。泉美は真由美の妹だから知っているかもしれないが、どんな話か分からないので、ただ所用があるだけだと深雪は伝えていた。
今日はまだほのかも来ていない。生徒会室にいるのは泉美と詩奈、そして風紀委員の香澄だけだ。「今日はお休みにしましょう」と深雪はいっていたのだが「大丈夫です、お任せください」と泉美が張り切って答えた為に少人数体制になっているのだ。なお当然と言えば当然だが、水波は深雪に同行する為ここにはいない。
香澄、泉美、詩奈は子供の頃からの付き合いだ。生徒会室はすっかりリラックスした空気に包まれている。それでも真面目に各クラブから上げられてきた新入部員勧誘週間の活動報告を泉美が処理している。詩奈はそのお手伝いだ。そして香澄は、のんびりお茶を飲んでいた。
「ねぇ泉美」
「何ですか、香澄ちゃん」
中央のテーブルに肩肘をついて横向きに座っている香澄が泉美の背中に話しかけ、泉美は振り返りもせず手も止めず生返事をする。
「司波会長のご用事って、やっぱりあれかな?」
「あれ、とは?」
「ほら、お姉ちゃんも今日、お出かけだって言ってたじゃない。会長と達也先輩、お姉ちゃんに呼び出されたのかな?」
泉美が手を止め、椅子から立ち上がる。どうやら一段落ついたらしい。
「そうじゃないですか? ピクシー、お茶をお願いします」
『かしこまりました』
「もちろん全くの偶然という可能性はありますが……ありがとう」
最後の一言は、お茶を淹れてきたピクシーに対するものだ。湯呑の中は緑茶。泉美は和洋どちらでもいける口だが、どちらかと言えばお菓子は洋風、飲み物は和風が好みだ。
「お姉様は社交的に見えて、親しくお付き合いする方は限られていますから」
「あはっ、お姉ちゃんって本当に猫みたいだよね」
香澄がそう言いながらブラックのコーヒーを飲む。彼女は思考が男の子的というか、糖分をあまり好まない。
「確かに。(香澄ちゃんは子犬みたいですけど)」
「何か言った?」
「いえ?」
「そう? まぁ、交友関係が狭そうなのは会長も一緒か」
「深雪お姉さまは女神の化身なのですから、孤高で当然なのです」
「うわぁ……」
香澄が仰け反ったが、そんな露骨な態度も泉美は一向に気にならない。逆に、何故理解出来ないのかと香澄に哀れみの目を向ける始末だ。そんな二人を、詩奈が困惑顔で見ていた。
「……詩奈も一休みしたら?」
「そうですね。一緒に一服しましょう」
「あ、はい。それでは」
詩奈は双子の向かい側に座った。その手には自分で淹れた蜂蜜たっぷりのミルクティー。香澄とは逆に、詩奈は極端な甘党だ。それなのに手作りするお菓子は決して甘すぎる失敗作にならないのだから、趣味というのは不思議なものだ。
「それで、キャットなお姉ちゃんと女神な会長さんは何の用で会うんだろう」
「赤坂の料亭だと仰ってましたからね……」
「えっ、そうだっけ」
泉美は当然のように知っている前提で話したが、香澄は初耳だった。
「ええ。香澄ちゃんは、興味が無い事は聞き流してしまいますから覚えていないのでしょうけど」
「興味が無いわけじゃないよ! 泉美、それ、本当にボクも聞いてた?」
気の置けないメンバーだけだからか、学校内にも拘わらず、香澄の一人称が「ボク」になっている。
「さぁ?」
「さ、さぁって」
「私はお姉様に直接伺いましたけど、香澄ちゃんは聞いていないんですか?」
興味があったら尋ねるはずですけど、という副音声を香澄は正確に聞き取った。その所為で「ぐぬぬ……」と唸ることしか出来ない。
「それで、真由美さんは会長と司波先輩に何を相談されるおつもりなのでしょう」
「例の会議の事じゃないかしら」
「例の会議というのは、この前の日曜日の会議ですか?」
「克人さんもいらっしゃるとの事ですから、会議でやらかした司波先輩を責めるなり懐柔するなり考えているのではないでしょうか」
「やらかしたって、泉美……」
「そうですね。内容の是非は兎も角、不穏当な言い方でした」
「……泉美、達也先輩になにか含むところがあるの?」
「あるに決まってるじゃないですか! あんなに深雪お姉さまに近しい存在。それでいながら深雪お姉さまの神々しさに気付いていない感じがするのですよ! 一番近くにいるのですから、深雪お姉さまの素晴らしさをもっと布教していてもおかしくないのに! それなのに司波先輩は……」
「達也先輩は司波会長の身内だし、あの家の事情を考えれば当然じゃないの? 今回の件だって、四葉家の事を考えれば、あんなこと認められないだろうし」
暴走気味な泉美に対して、香澄はあくまで冷静に答える。この双子にありがちな事だが、片方がヒートアップしているのに対して、もう片方は驚くほど冷静な態度を取るのだ。その事を知っている詩奈は、ヒートアップしている泉美にではなく、冷静な態度を取り続けている香澄に同意し、小さく頷きながらミルクティーを飲んでいた。
泉美の暴走が酷い……