劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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これを見てもまだちょっかいを出そうと思うとは……ドMも良いところだな


手加減無しの達也

 心の中で疑問点を整理している間も、達也は止まらなかった。右手を掲げ、細く絞り込んだ想子流を倒れたままの津永に放つ。

 術式解体。本来は魔法式を吹き飛ばす為の技だが、想子流の浸透性を高める事により接触して想子を流し込むのと同じ効果を発揮する。津永の身体が一度大きく跳ね、それきり動かなくなる。気を失ったようだ。死んでしまう可能性のある攻撃に躊躇いは無いが、後始末が面倒なのでこの手段を使ったのだが、どうやら上手くいったようだ。そう考えた時には、達也は綱島の方へ足を踏み出していた。

 達也は綱島を名乗った魔法師に想子弾を放とうしたが、その時彼は綱島と人質を囲んで魔法障壁が形成されているのに気づく。

 

「(何処からだ?)」

 

 

 綱島を名乗った女に、魔法の発動を完全に隠蔽する技術は無い。何者かがこの女性魔法師の周りに魔法障壁を展開している。それ以外に考えられない。

 魔法障壁が消滅し、達也の左手が綱島のナイフに届いた。握りしめる掌の中で、ナイフのプレートが砂になって崩れ去る。どちらも達也の分解魔法による現象だ。心に留まる疑問は戦いの妨げになっていない。

 達也は綱島の右手首を掴み外側に捻る。綱島は逆らわずに自ら床を蹴って空中側転した。達也は綱島から手を離し人質を手繰り寄せ、後ろにいる水波に投げ渡した。よろめいて倒れそうになった人質を水波が抱き留めた。

 着地した綱島に達也が横蹴りを放つが、その前に魔法障壁が形成される。だが構わず達也は足を伸ばす。彼の足が魔法障壁に接触する寸前に、障壁が砕け散った。魔法と肉体を別々に制御しながら、達也は綱島の胸を蹴り飛ばした。津永と違い既に加減は無い。

 綱島の心臓が停止する。心臓震盪だ。達也は女魔法師の身体が床に崩れ落ちるのと同時に、雷撃魔法をその胸に撃ち込む。フラッシュ・キャストで紡ぎ出された弱い電撃は丁度除細動器の役目を果たし、運よく女の心臓は生命活動に必要な機能を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つかさはクッションが堅い椅子の上で閉じていた片目の瞼を開いた。

 

「相手が女性でも容赦なしですか……」

 

 

 この小さな部屋は、彼女の個室になっている。誰も聞いていないのをいいことに、つかさは遠慮なく独り言を呟いた。

 

「それにしても、私の障壁魔法を一瞬で消し去るとは。本来の使い方から外れている所為で強度が落ちていたとはいえ、自信を無くしてしまいそうですね。いえ……さすがは四葉の魔法師と、ここは認めるべきでしょう。それにしても、私の障壁魔法を壊した魔法は何だったのでしょうね? 魔法式そのものが破壊されたような感じでしたが……まさか、術式解散ですか? ……幾ら何でも、それは無いでしょう。あの魔法は実験室の中でのみ存在し得るもの。実戦で成功するはずがない」

 

 

 自嘲気味な笑みを浮かべて呟くつかさだったが、その自嘲も自分に向けたものでありながら何処か他人事な印象があった。

 

「しかし四葉の魔法師といえども、待機状態にある魔法までは無力化出来なかったようですね。まぁ……これだけ離れている私に直接力を及ぼす事が出来るなら、既に魔法師の範疇に収まりません。人間を超えた怪物です……この国に人を超えたものの居場所はありません。もしも貴方が人外の怪物だとすれば、可愛そうですがいなくなってもらいます」

 

 

 出ていってもらう、ではなくいなくなってもらう。つかさは優しいとすら言える穏やかな声音で、ディスプレイの中の達也に向けてそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は倒した女魔法師の側にしゃがみ込んで魔法の痕跡を探っていた。先ほどの魔法障壁はこの女が作り上げたものではない。少なくともこの建物にはあの魔法障壁を発動した魔法師はいない。

 発動対象を正確に指定した遠隔魔法。まず考えられるのはこの女を中継点にしていたという可能性だ。人間を魔法の中継点に使う技術は珍しくはあっても驚くほどのものではない。ほんの二ヵ月前にも顧傑に協力していた古式魔法師が人間主義者の青年を中継点に仕立ててSB魔法を行使するのを見たばかりだ。

 しかしこの女魔法師には魔法的な識別信号を発する刻印が見当たらない。達也の「眼」を以てしてもその痕跡すら見つけられない。

 では映像情報を使って情報次元の座標を割り出したのだろうか。技術的には可能だ。他でもない達也が使っている『サード・アイ』は成層圏カメラや低軌道衛星の映像を照準の補助に使っている。また監視カメラを通じて自分を観察する視線を、達也は今も感じている。

 

「障壁を展開した魔法師は……辿れないな。痕跡が薄すぎる」

 

「達也様?」

 

 

 深雪が達也に心配そうな声をかける。彼が難しい顔をしていたのが気になったのだろう。

 

「心配はいらない。この場はこれで片付いた」

 

 

 達也は立ち上がり、深雪に笑顔を見せた。深雪も達也に微笑み返す。

 

「水波」

 

「はい、達也さま」

 

 

 人質になっていた少女を本来の護衛に返していた水波は、名前を呼ばれて深雪のすぐ後ろまで進み出た。

 

「警察に連絡を。俺は負傷者を探してくるから、その間、深雪を頼む」

 

「かしこまりました。お任せください」

 

「深雪、少し場を外す」

 

「はい、達也様。お気をつけて」

 

 

 反射的に「お兄様」と呼びそうになったことはおくびにも出さず、深雪は大人びた所作で一礼した。




ドMで済ませて良いのかは疑問ですが……

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