真由美の百面相を一通り眺めた後、摩利は話を戻す為に克人に問い掛けた。
「それで、達也くんがいなくなった後の会食だが、どんな雰囲気だったんだ?」
「七草殿の面目を慮ってか、七草殿の意見を是とした空気が広がり、周りもそれに合わせていた」
「同調圧力か。不健全な事だ。そういうところを見ると、魔法師も普通の人間だと思えてくるな」
「当たり前じゃない。魔法師は魔法が使えるだけで、他はただの人間なんだから」
「俺は四葉殿の姪を担ぎ上げようとした側にも、それに反発した司波にも道理があると思う。問題は、司波があのような態度を取ることで、四葉家が非協調路線に転じる可能性があるという事だ」
「おいおい、いくら何でもそんな、子供の喧嘩に親が出てくるみたいなことには……」
「摩利、今の達也くんは四葉家の次期当主なのよ。十文字くんが言っている事は、決して大袈裟じゃないわ」
摩利が背もたれに身体を預けて、大きくため息を吐き出す。
「厄介な……まるきり貴族政治の世界だ」
「血縁が実質的な意味を持つ以上、貴族制的な面が生じるのは仕方がないわ。封建的な階級制社会ではなく、古代都市国家的な血族合議社会に似ていると信じたいところだけど」
「あたしに言わせれば、そっちの方がなお悪い。古代都市国家社会は奴隷の存在を前提にしたものだからな」
「あら。古代の奴隷を自動機械に置き換えれば、少なくとも非人道的ではないでしょう?」
「七草、渡辺、いい加減にしろ。事あるごとに脱線していては、話が先に進まん」
「……すまん」
「……ゴメンなさい」
気まずそうに頭を下げる二人の旧友を前にして、克人は小さくため息を吐いた。
「とにかく、司波が孤立しようとしているみたいに見られている今の状態は何とかせねばならん。日本魔法界は現在のところ十師族を頂点に纏まっているが、それを快く思わぬ者がいないわけではないのだ」
「四葉家が十師属体制から離反すれば、あの家を担ぎ上げて新たな派閥を作ろうとする動きが出てくる……十文字くんが一番懸念しているのはそれなのね」
「だからといって、どちらかに詫びを入れろと言える話でもない。お互い、ルールを犯したわけではないのだ。司波も他の方々も、会議の趣旨に則って発言し、筋を通して行動している」
克人が真由美、摩利へと順番に目を向けた。
「せっかくだから、意見を聞かせてくれ」
「そうだなぁ……会議が決裂したように見えているのが問題なら、もう一度開催したらどうだ?」
「いったいどういう名目で?」
「反魔法主義対策の会議だったんだろ? だったら今度は、より具体的な対策を出し合う会議という事にすればいい」
「今回喧嘩別れみたいな結果になったのに、各家が応じるかしら?」
「喧嘩別れだったからこそだ。日曜日の会議は、十文字家が主催したことになっているんだろう?」
「ああ」
「元々、具体的な対策を決める会議だったのか?」
「いや、最初という事もあり、自由に意見を交換しようという趣旨だった」
「つまり、若手の交流を図るのが真の目的だったわけだ。少なくとも参列者は、隠された意図をそう忖度して行動すべきだったんじゃないか?」
「まぁ……それはそうね」
「そんな場所で四葉家の人間を広告塔にしようなんて提案する神経が、あたしにはむしろ理解出来ないんだけどな。基地のPRに基地司令の娘をマスコットにしましょう、ってスタッフが言い出すようなものだ。本人がやりたがっているならともかく、当人の意思も確認していないのでは左遷間違いなしの事案だぞ」
「でも、会議を開くにしても、達也くんが参加してくれるかしら?」
「それはあたしには分からんよ。そもそも、今日だって関係ないんだからな」
「何よ、友達甲斐が無いわね……そうだ! 私たち三人で達也くんを説得するってのはどうかしら? 十文字くんの顔を立ててくれるようにお願いするの」
「達也くんが他家の顔なんて気にするとは思えないけどな……今回だって、お前の兄を真っ向から叩き潰したんだろ? それは七草家の面子なんてどうでも良いと思ってる証拠じゃないのか?」
摩利の反論に、真由美は返す言葉が見つからなかった。確かに今回の件は兄の智一のくだらない企みの所為で起こっているのだが、その企みを大勢の前で真っ向から潰した達也にとって、他家の面子など気にする価値も無いのかもしれないと思ってしまったからだ。
「ウチの兄の事は兎も角、十文字くんは先輩でもあるんだし、達也くんも多少は考慮してくれるでしょう。達也くんには私から連絡しておくから。深雪さんにも来てもらうよう言っておくから」
「ああ、よろしく頼む」
「会うのは、出来れば土曜日にしてくれ。平日は辛い」
「日曜じゃなくていいの?」
真由美がからかうような口調で摩利に尋ねる。
「次の日曜は野外演習の出発日だ」
「……ハードなのね」
しかし、親友の答えを聞いて、同情を露わにした。
「お陰様でな。その所為でシュウにもまともに会えていない。婚約者に会えるお前が羨ましいよ」
真由美と克人が苦笑を漏らした。克人のそれは土曜日で了解という印だったが、真由美は達也との仲をからかわれたことへの照れ隠しの意味合いも籠っていた。
「それじゃあ、あたしは帰る。またな」
話し合いは終わりだと判断して、摩利はそそくさと個室を後にした。もちろん、自分が飲んだコーヒー代の支払いは済ませて。
やっぱ真由美は好きになれないな……