劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本人がいなければ言いたい放題……


放課後のカフェテリア

 日はすっかり西に傾き、もうすぐ下校時刻となる。部活を終えたレオは、小腹を満たす為にカフェに向かっていた。ICタグについた食券を引き換えに自動化されたカウンターでサンドウィッチを受け取り、ただの水を乗せたトレイを持って空いているテーブルを探すと、最近何かと縁のある一年生を見つけた。

 

「侍朗、相席してもいいか?」

 

「西城先輩! どうぞ」

 

 

 空になったコーヒーカップを見詰めて物思いにふけっていた侍朗は、声をかけられて漸くレオに気付いたようだった。

 

「誰かを待ってんのか?」

 

「ええ、詩奈を」

 

「ふーん……今日もエリカにしごかれたのか?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 

 目に見える所に怪我はしていないが、注意して観察すると、侍郎はかなり消耗している。こんなことで帰り道に何かあったら幼馴染を守り切れるのかと心配になるほどだったが、これは余計なお世話だろう、とレオは思い直した。

 

「ありがたい事です。ご自分の修行もあるでしょうに、俺みたいな未熟者の為に……」

 

「そんなこと気にする必要は無いと思うぜ。あいつは好きでやってんだろうからさ」

 

「その通りだけど、あんたに言われるとなんかむかつく」

 

「おわっ!? 気配を殺して忍び寄んなよ! オメェは忍者か!」

 

「気配を消す技は忍者の専売特許じゃないわ。近接戦闘のフロントアタッカーには、この程度必須技能だし、この程度で気づけないあんたが未熟なのよ」

 

「絶対嘘だろ、それ……おう、美月もいたのか」

 

「私は今来たところですよ」

 

 

 レオの向かい側で、侍郎がそわそわし始める。面識がない三年女子の登場で居心地が悪くなったのだろう。逃げ出そうと構えを見せた侍郎に、エリカからの足止めが突き刺さった。

 

「侍朗。この子は柴田美月。私たちと違って平和的な魔法科高校生なんだから、ヤバい事に巻き込んじゃ駄目よ」

 

「しませんよ、そんなこと……あの、初めまして。矢車侍郎です」

 

 

 侍郎が背筋をピンと伸ばしたまま、腰だけを曲げて上半身を倒す。緊張に難くなっている事が分かりやすい一礼に、美月が声に出さずにクスッと笑う。

 

「柴田美月です。よろしくね」

 

「……矢車、なに赤くなってんの?」

 

「あ、赤くなってなんかいません!」

 

「ダメよ。美月はミキの彼女なんだから」

 

「エ、エリカちゃん!?」

 

「僕の名前は幹比古だ! で、僕がなんだって?」

 

 

 たった今姿を見せた幹比古が定番のセリフで割り込んだが、どうやら「ミキ」の部分だけしか聞き取れなかったようで、なにを話していたのかを聞いてきた。その問いかけにエリカがニヤリと笑みを浮かべたが、美月が叫び声をあげて遮った。

 

「何でもないんです!」

 

「し、柴田さん?」

 

「あっ……」

 

「ミキ。風紀委員長がこんなところでサボってていいの?」

 

 

 普段なら追撃を掛けるところだが、エリカはあえて話題を変えた。幹比古は顔をしかめたものの、エリカの狙いは理解したようだった。

 

「もうすぐ下校時間だし、一服するくらい良いじゃないか」

 

「おっ、余裕だねぇ……風紀委員会にとっては春の修羅場、新入部員勧誘週間だっていうのにさ」

 

「今年は去年に比べてグッとトラブルが減っているからね。僕たちも楽をさせてもらっている」

 

「そうなんですか?」

 

「深雪のご威光じゃない? それに、達也くんも目を光らせているでしょうし」

 

「だろうね。どんなに羽目を外していても、達也が姿を見せると勧誘している二、三年生の目がそっちに向くんだよね」

 

「達也さん、別に怖い人じゃないと思うんですけど……」

 

「そうだね。達也は別に、威圧的な態度を取っているわけじゃない。でも、無視できないんだ。存在感っていうのかな? とにかく、みんなから一目置かれているって感じだよ」

 

「司波先輩って、どういう方なんですか?」

 

 

 侍朗の質問は、幹比古に対してではなくこの場にいる全員に宛てたもの。四人の三年生は顔を見合わせ、誰が答えるかアイコンタクトで話し合った。

 

「優秀だよ。魔法の専門知識は既に大学レベルを超えていると思う」

 

「強いわ。学校でやる実技は威力も規模もまだ大したこと無いけど、実戦になれば強い。それに何か、底知れない力を隠してる雰囲気があるわ」

 

「達也の強さは魔法だけじゃねえな。俺も腕っ節には自信があるが、達也とやり合うのは御免だ。立っていられる気がしねぇ」

 

「あの、本当に怖い人じゃありませんよ? 紳士的で、横暴な所もありませんし。でも、矢車くんが知りたいのはそういう事じゃありませんよね? 何を聞きたいんですか?」

 

 

 他の三人が言い過ぎだと思ったのか、美月がここにいない達也を弁護するように言った後、逆に侍朗に尋ねた。問い返されるとは思っていなかったのか、侍郎はその質問に答える事が出来ない。それに気づいたエリカが、彼に助け舟を出した。

 

「性格や気性について知りたいなら、なにを優先すべきか悩まない人よ。自分の中で優先順位が決まっていて、脅されてもすかされても、泣き落としでも色仕掛けでも、それは動かない。動じない。ある意味では誰よりも信頼できるけど、別の意味では誰よりも薄情な男だわ。達也くんの最優先は深雪。これは動かせない事実よ。深雪一人とあたしたち全員の命、どちらかしか助けられないとしたら、達也くんは迷わず深雪を選ぶでしょうね」

 

「おい……」

 

「エリカ、それはちょっと……」

 

 

 レオと幹比古が反論しようとして言葉に詰まる。言い方は兎も角、エリカの意見が正しい事は二人にも分かっているのだ。昨日、十師族の若手を集めた会議で何が起こったのか大凡のところを聞いていた侍郎は、「だから司波先輩は七草家の思惑に反対したのか」と無言で納得していた。




まぁ、エリカが言ってる事は間違ってないか……

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