劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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新年明けましておめでとうございます。今年もご愛読の程よろしくお願い致します。


ピラーズ・ブレイク一回戦最終試合

 深雪の試合は一回戦の最終ゲーム。朝から考えれば長い待ち時間だが、間に昼食の時間が入るので本人もそれほど待たされたという感覚は無いだろう。達也といえば朝からこれで三試合目なので、待つどころではなかったのだ。

 選手の控え室には深雪と達也、ほのかと雫の姿は無い。昼食時に客席で応援すると言っていたから、今頃はエリカたちと合流してるだろう。

 その代わりにと言う訳ではないが、五十里と花音、それに真由美と摩利まで応援に来ていた。人数に呆れていた達也だったが、口にしたのは別の事だった。

 

「応援に来てくれるのは嬉しいのですが、委員長……寝てなくて大丈夫なのですか?」

 

 

 バトル・ボードの準決勝で事故に見せかけた妨害工作により摩利が全治一週間の怪我を負ったのは三日前。魔法治療の効果もあり無理をしなければ日常生活に支障は無いとは言え、ベッドで安静にしていた方が望ましいのは間違いない。

 

「何だ、君まで私のことを重症扱いするのか。別に飛んだり跳ねたり暴れたりする訳じゃないんだから問題ない」

 

「はぁ……ですが健康でも暴れないでください」

 

 

 一応重症ですからという言葉を呑み込んで、代わりに暴れると言う事に対する抗議だけして、達也は真由美に視線を向けた。

 

「会長も本部に詰め込んでなくてもよろしいのですか? 確か男子の方も試合中だと思いますが」

 

「大丈夫よ。向こうははんぞー君に任せてきたから。それに私も再来月には引退だし、何でも一人でやっちゃうのは良くないと思うのよね」

 

 

 正論であるように聞こえるが、真由美が言うとどうも白々しく聞こえる。だが別に邪魔をされる訳でも無いのでこれ以上の問答は無益だった。

 

「深雪、頼もしい応援団だが逆に緊張しすぎるなよ」

 

「大丈夫ですよ。お兄様がついてくださってるのですから」

 

 

 二人のやり取りを聞いて、真由美が少しつまらなそうにしてるのと、摩利が今にも噴出しそうになってるのを、達也は気配でしっかりと掴んでいたのだが、特にその事を指摘する事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪がステージに上がると、観客席が大きくどよめいた。

 

「そりゃ驚くよね、あれは……」

 

「でも似合ってるよ。花音はそう思わないの?」

 

「似合いすぎて驚くって言ってるの」

 

 

 深雪の衣装は白の単衣に緋色の女袴。白いリボンで長い髪を後ろで纏めたスタイル。髪の纏め方が厳密には異なるが、CADの代わりに榊か鈴を持たせると更に絵になるあの格好をしているのだ。

 ただでさえ整いすぎている美貌が、その衣装と相まって神懸った雰囲気まで醸し出している。いや、神懸りを通り越して神々しいという形容すら過言では無いほどだった。

 

「可哀想に、相手の選手は呑まれちゃってるわよ」

 

「仕方ないだろうな。あれはあたしでもちょっと気後れするかも知れん。……ああ、もしかしてそれが狙いか?」

 

 

 背後から聞こえてくる真由美と摩利の声は間違いなく自分に向けられていたので、達也は身体ごと振り返って答えた。

 

「狙いと仰いますと? 魔法儀式の装束としては珍しいものでは無いと思いますが」

 

 

 もっともその答えは認識が噛み合っていない疑問の応酬の形を取っていた。

 

「達也君のお家は神道系?」

 

「そういう訳ではありませんが、日本人ですから」

 

「そう……かもね」

 

 

 歯切れ悪く真由美が頷くのを見て、達也はモニターのコンソールへと身体の向きを戻した。達也の言い分は一応筋が通ってるので、これ以上は真由美も摩利も何も言えなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台裏でそんなやり取りが繰り広げられているとは露とも知らずに、深雪は開始の合図を待っていた。

 フライングは重大なルール違反であり、気負い過ぎると無意識に魔法を発動させてしまう悪癖を自覚している深雪にとって、試合開始までのこの時間は他の選手のように闘志を高めるのではなく自分をひたすら抑える時間だったのだ。それが端から見ると静謐なたたずまいに見えるので、彼女の衣装と相まって客席の男はほぼ全員深雪に見蕩れてるのだった。

 開始を告げるシグナルが青へと変わった瞬間、強烈なサイオンの輝きが自陣・敵陣関係なくフィールドの全体を覆った。そしてフィールドは……二つの季節に分かたれる。

 極寒の冷気に覆われた深雪の陣地、熱波に陽炎が揺れる敵の陣地。必死に冷却魔法で対抗しているが、まるで効果がない。

 味方の陣は厳冬を超えて凍原の地獄となり、敵の陣地は酷暑すら越えて焦熱の地獄となっていたが、それすらも過程に過ぎない。

 ほどなくして自陣は氷の霧に覆われ、敵陣は昇華の蒸気に覆われ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 控え室で見ていたメンバーは、こぞって口を大きく開けていた。

 

「これはまさか……」

 

 

 漸く言葉を発したのは摩利。

 

氷炎地獄(インフェルノ)……?」

 

 

 そのつぶやきを受け継ぐように真由美が呻き声を上げた。

 それを達也は背中越しに聞き、良く知ってるなと思っていた。だが振り向きはしない。達也の目はモニターと深雪の後ろ姿を往復している。

 

 中規模エリア用振動系魔法『氷炎地獄』

 

 

 対象とするエリアを二分し、一方の空間内にある全ての物質の振動エネルギー、運動エネルギーを減速、その余剰エネルギーをもう一方のエリアへ逃がし加熱する事でエネルギー収支の辻褄を合わせる熱エントロピーの逆転魔法。

 時折魔法師ライセンス試験でA級受験者用の課題として出題され、多くの受験者に涙を呑ませている高難度魔法だが、深雪にとっては当たり前に使える魔法でしかない。

 元々が対エリア用の魔法だからフィールドからはみ出すルール違反の心配も無く、それほど神経質になる事も無いのだが、魔法というものはどんな簡単な術式でも油断は禁物だ。達也は深雪が失格を宣告されてもあらゆる手段で介入するつもりだったが、それは無駄な心配に終わりそうだった。

 すでに敵陣内の気温は摂氏二百度を超えていた。急冷凍で作った氷柱は内部に多くの気泡を含む粗悪な氷だ。その気泡が膨張して熱で緩んだ氷柱にひび割れを起こしている。

 不意に気温の上昇が止まったと思った次の瞬間、敵陣の中央から衝撃波が広がった。深雪が魔法を切り替え、空気の圧縮と解放をしたため、脆弱化していた敵陣の氷柱はその全てがひとたまりも無く崩れ落ちたのだった。

 

「終わりましたね」

 

 

 その結果を唯一驚かずに見ていた達也がつぶやく。だがそのつぶやきに答えられる人間は彼の傍には一人も居なかった。

 櫓から降りてきた深雪も、特に勝利の喜びを見せるわけでもなく、淡々としていた。「この兄妹を敵にするのは得策では無い」、それが控え室に居た四人の共通の認識だったのだ。




深雪の無双は決まってましたけどね…

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