劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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向こうは会いたくもないでしょうがね……


会議前の再会

 会議の開始は午前九時。予定時間まで、まだ二十分もある。だが会議室の前には既に大勢の魔法師が集まっていた。

 

「随分と参加者がいるようですわね」

 

 

 師補二十八家の全てが参加を表明しているわけではないにもかかわらず、会議室前には結構な数が集まっているのを見て、愛梨は思わずそんなことを呟いた。会議室は既に開いているのだが、席に着かず立ち話で情報収集を試みている人間の方が多いようだ。

 その中に達也は、見知った制服姿を見つけた。

 

「七宝」

 

「あっ、司波先輩……」

 

「どうした?」

 

「い、いえ」

 

 

 一高の制服で所在なさげに佇んでいたのは、一学年下の七宝琢磨だった。本人は絶対に認めないだろうが、面識がない年長者の集団に尻込みしていたようで、達也が声を掛けると少しホッとした顔で近寄ってきたのだが、愛梨の美貌に少し尻込みした様子だ。

 

「中に入らないのか?」

 

 

 達也は前置きを飛ばしてそう尋ねた。琢磨が一人っ子であることは知っているので「お前が参加するのか?」という質問もしない。早婚多産が奨励される魔法師とはいえ、子供の数を強制されることはない。家畜ではないのだから、二人目がなかなか出来ないからといって、治療を押し付けられたりはしない。そして琢磨が一人っ子である以上、七宝家を代表して彼がこの会議に出てくるのは、達也にとり自明だった。

 琢磨も、達也がこの場に姿を見せたことに違和感は抱いていないようだが、彼の場合はそれを気にする余裕が無かったというのが正解のようだった。

 

「もう入れるようなのですが、席が決まっていないらしく……」

 

 

 琢磨が気後れを隠せない声で達也の問いに答える。つまり、何処に座っていいか分からないという事だろう。

 

「一緒に来るか?」

 

「お願いします! ……あっ、お邪魔じゃないでしょうか?」

 

 

 達也の誘いに喰い付いた琢磨ではあったが、愛梨の事を思い出しておずおずと尋ねてくる。愛梨は笑顔で首を振り、琢磨の同行を認めた。

 

「ありがとうございます」

 

 

 随分素直になったものだと、十三束あたりならば考えたかもしれないが、達也は琢磨の態度に特別何かを感じたりはしなかった。彼は琢磨を単なる学校の後輩として従え、会議室に入った。

 会議室には、長机が中空きの正方形にセッティングされていた。一辺に座席は六つなので、参加者は二十四人という事だ。達也はその右側の列にに腰掛けた。上座・下座は特に意識していない。彼がそこを選んだのは、知人がいたからだ。

 

「一条、久しぶりだな」

 

「まだ一ヶ月しか経っていない」

 

 

 達也の挨拶に、三高の赤い制服を着た将輝がややムッとした表情で応じる。本気で不快感を覚えているというよりも、どんな顔をしていいのか分からないといった感じだ。

 

「お前一人か?」

 

「一人で十分だろ」

 

 

 今度は将輝の問い掛けに、達也は真面目な顔で答える。将輝は深雪が来ることを期待したのだろうが、達也が彼女をこんな場所に出すはずもないと分かっていたのか、余り失望した様子は無かった。

 

「相変わらず女々しいわね、一条」

 

「一色か……」

 

 

 達也の隣にいたのが深雪ではなく愛梨であったことも、将輝は特に驚いたりはしなかったが、多少の居心地の悪さは感じていた。

 

「ところで一条」

 

 

 居心地の悪さを感じている将輝の方へ、達也が身体を乗り出し声を潜めた。

 

「御父上のご加減はどうだ」

 

 

 その質問は、愛梨にも聞こえなかっただろう。将輝は反射的に顔を顰めたが、達也が気を遣っているのは理解していた。

 

「……随分と良くなってきている。司波、礼を言う」

 

 

 剛毅の容態は知っていたが、将輝は達也がその事を知っている事を知らない。だから達也が剛毅の容態を知っているようなそぶりを見せても問題ないように、今回の質問をしたのだ。

 だが、そんな裏があるとは知らない将輝は、四葉家が夕歌を派遣した件について素直にお礼をした。達也はそれをすぐに悟り、恍けることはしなかった。

 

「困った時はお互い様だし、ウチは専門家を紹介しただけだ。気持ちだけ、受け取っておく」

 

「だが、あの人は……いや、何でもない」

 

 

 夕歌が達也の婚約者であることは知っていたから、将輝は何かを言いたそうではあったが、必要以上にひそひそ話を重ねるのは余計な注目を浴びると考えたのだろう。将輝は小さく会釈して口を閉ざした。達也も姿勢を元に戻した。

 二人の挨拶が一段落したと見たのか、わざわざ別方向を見ていた琢磨が立ち上がって将輝に話しかけた。

 

「一条さん。七宝琢磨です。先月一高にいらしていた時には、お話しする機会が得られず残念でした。今後、よろしくお願いします」

 

「一条将輝だ。こちらこそよろしく頼む」

 

 

 将輝が年長者らしく、座ったまま鷹揚に一礼を返す。去年の琢磨だったら、将輝のこの態度に怒りを覚えたかもしれないが、今の琢磨はこれを当たり前のものとして受け取っていた。

 むしろ琢磨は、将輝に何やら親近感を覚えていたようだ。何に親近感を抱いていたのかを聞いてみれば、単純な話だったが。

 

「一条さんも制服なんですね」

 

「高校生の正装は制服だ」

 

 

 将輝に「当然だ」と言わんばかりの答えに、達也と愛梨はそろって苦笑を漏らしてしまった。達也はこの後の予定も考えてスーツ姿なのだが、愛梨は制服ではなく真由美が着ていたようなスーツで参加しているのだ。将輝と琢磨が謎の親近感を覚えている横で、愛梨は達也のスーツ姿に見惚れていたのだった。




ちなみに、前も変えましたが『憮然とした表情』はムッとした表情という意味ではないんですよね……

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