エレベーターホールに逃げた達也は、一人で会場に向かうつもりだった。だが、エレベーターが到着する前に、見知った気配が近づいてきたのを感じ、達也は一人で行動する事を諦めた。
「達也様!」
「愛梨か……一色家は参加しないと思っていたが」
「家としては欠席もやむを得ないと考えていたようですが、せっかく私が東京にいるわけですし、十文字さんの顔を潰すわけにもいきませんでしたので」
「あの人はそんなことを気にするとは思えないがな」
「そういえば達也様、今日は司波深雪とは別行動なのですね」
「俺たちだっていつも一緒というわけではない。愛梨だってそれは分かるだろ」
一高の端末などを借りて三高の課題を受けている愛梨は、確かに一高内だと達也と深雪は別行動の時が多いと驚いたのだが、まずクラスが違うのだから別行動が多くても仕方ないかと今は落ち着いている。それでも、休日に別行動をすると思っていなかったようで、今日ここに深雪がいない事は愛梨にとって大いに驚くべき事だったのだ。
「達也様。今日私は『一色家の人間』としてここにきております。『四葉次期当主の婚約者』としてではありませんので、何かを聞かれても答える事は出来ません」
「それでいい。愛梨も四葉の事を聞かれても何も答えるな」
「もちろんですわ。そもそも、四葉の内情など、私もそれほど聞いておりませんので」
ちょうどそのタイミングでエレベーターが到着し、二人はそろって中に乗り込む。監視カメラはあるが、小声なら声は拾えないタイプのカメラなので、達也と愛梨は声を潜めて会話を続けた。
「達也様の魔法については話すつもりはありませんのでご安心を」
「知られると色々と面倒だからな。それよりも、この会議は十文字家主催だが、裏で七草家が何かを企んでいる可能性が高い」
「それで受け付けに七草三姉妹がいたわけですか」
「あれはせめてもの罪滅ぼしの気持ちから出たらしい」
真由美たちは兄が何か企んでいて、その為に克人を利用した事を気にして手伝っている、と達也は感じていた。実際その通りな節を感じ取っていたので、愛梨も特に何も言わなかった。
「では、少しでも不自然な流れになった時、私は達也様の味方をしますわね」
「一色家の立場を考えた方が良いだろう。俺は孤立しても一向にかまわない」
「そうする必要があればもちろんそうしますが、七草家の思惑通りに会議が進められるのは気に入りませんわ。どうせ自分たちだけでは何も出来ないから、こうやって二十八家の人間を呼びつけたに違いないのですから」
「会議自体は必要かもしれないが、七草家の思惑通りに動いてやる義理は無いからな。そこらへんの判断は愛梨自身がすればいい」
「もちろんですわ。家も大事ですが、元々不参加の予定だったのですから、私が我を通したとしても文句は言えないでしょうし」
少し人の悪い笑みを浮かべた愛梨を見て、達也は自分に毒されているのではないかと感じた。初めて会った時の愛梨は、こんな笑みを見せなかったはずだと、達也は記憶を遡りそんなことを考えていた。
「話しは変わりますが、一条殿の容態はどうなっているのでしょうか? 家からは詳しい情報は入って来ませんし、一条とは連絡すらしていませんので」
「回復はしているようだが、まだ完全ではない。立って歩いたりは出来ないが、座って作業する分にはそろそろ補佐もいらなくなるのではないか、との報告を受けている」
「それは良かったですわ。一条殿には悪いですが、万が一の時はあの息子が当主に成るわけですし。一色家としてはアレの補佐はしたくないところでしたの」
「『一色家』というよりは『愛梨』だろ?」
「えぇ。達也様を見下していたあの野郎の手助けなど、例え死んでもしたくありませんわ」
今では多少なりとも将輝の態度は改善されているが、愛梨は未だに一年時の九校戦の事故を許してはいなかったのだ。
「今は当時の事情もある程度把握しておりますし、無事に済んだのでこんなことを思っているだけ無駄なのでしょうが、あのバカは達也様を殺そうとしたのですから、許せないのは当然だと思いますわ。実際、栞たちも未だに許してはいませんし、司波深雪も恐らく許してはいないでしょうね」
「俺を本当の意味で傷つけられる人間など存在しない。だから一条を恨み続けるのは止めるんだな」
「……達也様がそう仰るのであれば、多少なりともアイツを許そうと思わなくはないですが、今すぐには無理ですわね。アイツとセットの吉祥寺の分もあるわけですし」
将輝は九校戦で、真紅郎は論文コンペで達也の事を見下し痛い目を見ている。真紅郎に関しては達也が何かをしたわけではなく、テロリストたちに脅され、無様に投降を余儀なくされたのだ。だがその後すぐに達也がテロリストを素手で屠ったので、彼らのプライドはズタズタになってしまった。
「あれは見ていてスカッとしましたが、達也様が危険な目に遭うのではないかとひやひやしました」
「放っておくわけにもいかなかったからな」
「あの時の私は、達也様の事を何一つ知りませんでしたから」
そういいながら、愛梨は甘えるような目を向けて達也の腕に絡みついた。振り解くのは簡単だが、そうする必要も無いかと達也は大人しく愛梨の接近を許し、そのまま会場まで向かうのだった。
孤立する確率は、これで限りなくゼロに……