劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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開始から年内連続投稿達成ですね


ピラーズ・ブレイク一回戦第五試合

 新人戦女子ピラーズ・ブレイク第五戦。いよいよ雫の出番なのだが、達也は控え室で雫の格好に呆気に取られていた。

 

「雫、その格好で出るのか?」

 

「そうだけど?」

 

 

 達也が何故そんな事を聞いてきたのかが分からない雫は、首を小さく傾げたあと、少し不安げに達也を見る。

 

「似合ってないかな?」

 

「いや、似合ってるし可愛いとは思うが……」

 

 

 雫の衣装――振袖は確かに雫に似合っているのだ。だが達也が気にしてるのは衣装そのものでは無く別の場所だ。

 

「袖は邪魔にならないか?」

 

「大丈夫だよ。試合中は襷を使うし、袖は小さめだから」

 

 

 襷で袂を押さえなければいけないのなら、最初から着なければ良いのにとも思ったが、雫が気に入って着ているのなら別に良いかと思い、それ以上は何も言わなかった。

 

「エイミィは勝ったんだよね」

 

「何だ、見てなかったのか?」

 

「うん……ちょっと寝坊して……」

 

「とりあえずは勝ったがな。あまり体調は良さそうじゃなかったが」

 

「そうなんだ……ねぇ達也さん」

 

「何だ?」

 

 

 雫の何か言いいたそうな目を見て、達也は軽く肩を竦めた。

 

「やれやれ……おいで」

 

 

 彼女が何を望んでいるのかを正確に理解し、些か呆れ気味ながらも手招きをして手の届く位置に移動させる。

 最近の達也は深雪だけでは無く雫にも甘いのだ……

 

「クセになってないか?」

 

「だって、達也さんの手、気持ち良いんだもん」

 

 

 頭を撫でてもらいながらCADを確認する雫。彼女が選んだ……いや、達也が選んだCADは汎用型。これは攻守をバランスよく力を配分した事を意味する。つまりは正攻法だ。

 

「そろそろ時間だな」

 

「うん、行ってきます」

 

 

 子供が親に言うような挨拶をして、雫は櫓に登っていった。達也は苦笑いを浮かべながらも、試合に向けて集中力を高める。何かあった時に瞬時に対応出来るようにしておくのも、彼の仕事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方客席では、深雪とほのかが試合が始まるのを待っていた。

 

「深雪、達也さんのところに行かなくて良いの?」

 

「ピラーズ・ブレイクは個人戦ですもの。雫と私は何時か戦う時がくるのだから、手の内を見るのはフェアじゃないわ」

 

 

 深雪の横顔を見ながら、ほのかは深雪を始めて見た日の事を思い出していた。

 元々雫と二人で競いながら力を高めあっていたほのかにとって、深雪は初めて敵わないと思わされた相手なのだ。

 入学試験の日、ほのかは偶然深雪と同じ試験会場だった。そこで深雪の圧倒的な魔法力を見せられて、嫉妬するのも馬鹿らしい、異次元の才能だと思ったのだ。

 

「ほのか、私の顔に何かついてる?」

 

「ううん、何でも無い」

 

 

 深雪と出会った時の事を思い出したと同時に、ほのかは達也に始めて会った時の事も思い出していた。実は入学してすぐのイザコザの前に、ほのかは達也の事を知っていたのだ。

 深雪と同じ試験会場に、達也の姿もあった。この兄妹の容姿はあまり似て居ないので、深雪の兄として達也の事を知っていた訳ではない。達也が魅せた無駄の無い起動式を見て、ほのかは感動を覚えていたのだ。さすがは魔法科高校を受験するだけはあるなと。 

 だから入学式の後で達也を見て、ほのかは激しい怒りを覚えたのだ。

 

 何故貴方はそちら側(二科生)に居るの!

 

 何故貴方は此方側(一科生)ではないの!

 

 

 達也の魔法は確かに無駄が無く、光波ノイズが全く出てなかったが、スピードも規模も威力も一科生の合格ラインには届いて無かった。だがあれほど綺麗な魔法を編み出す達也が、二科生に甘んじている事がほのかには耐えられなかったのだ。だから過剰に反応してあのイザコザの時に魔法を使おうとしてしまったのだ。

 

「ほのか、やっぱり何かついてるの?」

 

「な、何でも無い! ゴメンね」

 

「いえ、何でも無いのなら良いのだけれど……」

 

 

 穴が開くほど深雪を見つめていた自分に気が付いて、ほのかは顔を真っ赤にして視線を逸らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更にもう一方、一高天幕では真由美と摩利がモニターで雫の試合を見ていた。

 

「いよいよ北山の出番か」

 

「今度は普通のCADみたいね。今度はどんな奇策を見せてくれるのかしらね?」

 

「分からんぞ? そう思ってる私たちの裏をかいて今度は正攻法で攻めてくるかもしれんぞ」

 

 

 摩利の言葉を聞いて、すぐ傍に居た鈴音は「別に貴女たちの考えを気にして作戦を立てる訳では無いのだ」と思っていたのだが、その事を口には出さなかった。

 

「振袖だな」

 

「今年は少ないのね」

 

 

 櫓が上がってきて、雫の格好を見た二人はそんな感想を漏らした。一年目の達也は若干戸惑ったが、三年目の彼女たちにとってはあの衣装は普通なのだ。

 

「始まるな」

 

「そうね」

 

 

 開始を告げるブザーが鳴ると、いきなり相手陣地の氷柱が砕け散り自陣の氷柱には守りが施された。

 

「随分と正攻法だな」

 

「摩利の考えが当たったようね」

 

 

 雫の攻め方を見てそんな事を話していると、敵陣の氷柱が三本まとめて砕け散った。

 

「真由美、今のが何か分かるか?」

 

「モニター越しだと正確には分からないけど、多分共振破壊の応用だと思うわ。周波数を無段階に変更する振動魔法を敵陣の地面に仕掛けて、柱と共鳴が生じたところで振動数を固定、一気に出力を上げて共振状態を作り出したんじゃないかしら」

 

「なるほど……対抗魔法を避ける為に柱に直接魔法を仕掛けるのでは無く、地面を媒体にして使ったか。同じ地面媒体でも力任せの花音の地雷原と比べると高度に技巧的な術式だな」

 

「共鳴点を探るのに時間がかかるから、情報強化でその時間を稼いでるのね。振動数の操作はお手の物、と言う事かしら?」

 

「そうだな」

 

 

 真由美と摩利が共通に思い出しているのは、服部を破った達也の無系統魔法、サイオン波の振動数を緻密に制御して合成波を作り出したあの技術だ。

 モニターの中で展開されている技巧は、雫個人のテクニックと言うより、達也のアレンジによるものという性格が強い事を、二人は疑ってなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手が悪あがきを見せてきたが、雫は自陣の氷柱を一本も倒される事無く勝利した。

 

「勝った」

 

「そうだな」

 

 

 櫓から降りてきた雫が、端的に結果を言ったので、達也も短く答えた。

 

「達也さんのおかげで楽が出来てる」

 

「雫の実力なら俺が担当しなくとも勝てるだろ」

 

「そんな事無い。達也さんだからここまで安心してCADを任せられるけど、他の人だとそうはいかなかったと思う」

 

 

 実に抑揚に乏しいが、雫が精一杯達也を評価してるのは達也自身にもちゃんと伝わっている。

 

「そうか、ありがとう」

 

 

 雫の気持ちに応えるように、達也は雫の頭を優しく撫でる。まるで猫のように気持ち良さそうに目を細める雫を見て、達也はこんな時間も悪く無いと思っていたのだった。




皆さん、良いお年を。来年もよろしくお願いします。

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