劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この家は裏工作とかないからまだマシか……


一条家の参加者

 将輝が招待状の事を知ったのは、学校から家に帰った後だった。

 

「失礼します」

 

 

 帰宅してすぐ、将輝は父親が寝ている部屋を訪ねた。一昨日の戦闘で原因不明の衰弱状態に陥った一条家当主・一条剛毅は、病院に入院せず自宅療養している。

 

「将輝か、入れ」

 

 

 戦闘でダメージを負った剛毅は満足に起き上がれない状態だが、意識はある。正常な状態よりは眠っている時間は長いが、起きている時は思考もはっきりしている。自宅で療養する事は剛毅本人の希望だった。

 

「親父、起きていて大丈夫なのか?」

 

「ああ。今日になってだいぶ、手足に力が戻ってきた」

 

 

 剛毅は電動ベッドのリクライニングを起こして、もたれかかる体勢で座っていた。将輝にそう答えて、剛毅はベッドの横に控える部下に「次だ」と指図する。

 部下との会話の中で、剛毅が入院する原因となった不審船に触れているのを聞きつけて、将輝は思わず口を挿んだ。

 

「親父、新ソ連の船は姿をくらましたんじゃなかったのか?」

 

「所属不明船だ。新ソ連の物と確定してはいない」

 

「公式の話じゃないんだから別にいいだろ。それとも親父は、あの船が新ソ連以外からやってきた可能性があると本気で信じているのか?」

 

「……不審船は行方不明のままだ。もしかしたら自沈したのかもしれない」

 

「証拠隠滅か。捜索と言っていたのは……残骸を探して海底から引き揚げるつもりか?」

 

「あるいはそうなるかもしれない」

 

 

 さっきから剛毅の回答は、なんとなく要領を得ないものだった。断定的な物言いを避けている印象がある。まるで第三者の耳を警戒しているみたいに……。

 

「そうか」

 

 

 将輝は短くそう答え父親との会話を切り上げ、今日も病室に来てくれている「第三者」に話しかけた。

 

「津久葉さん、本日もありがとうございます」

 

「どういたしまして。ご当主様も少しずつ回復されているご様子で、私も無能を曝さずにすんで、ほっとしております」

 

 

 あの日、剛毅が運ばれた病院では治療法どころか衰弱の理由も分からず、家族は不安に押しつぶされそうになっていた。娘の茜と瑠璃は時々声を押し殺して泣いていたし、妻の美登里は気丈に振る舞っていたが、娘たちを元気づける為の強がりであることは誰が見ても明らかだった。将輝も平気なフリを装っていたが、内心の動揺は抑えられなかった。そんな彼女たちに手を差し伸べたのは、意外な事に四葉家だった。

 当日の内に剛毅の症状を探り出した事には警戒心を禁じ得なかったが、なにをすればいいのかさえまるで分からなかった剛毅の治療に、専門家を派遣するという提案には縋りつかずにはいられなかった。そうしてやってきたのが将輝の目の前に立つ女性、津久葉夕歌だ。

 

「父は……回復していますか?」

 

 

 一昨日は首も動かせない、声も出すのも苦労する状態だった。昨日はまだベッドに寄りかかっても身体を起こせなかった事を考えれば、自力ではないにしても起き上がれたのは大きな前進だ。しかし見かけは良くなっても実は病状が悪化しているというケースを時々耳にするので、将輝は安心出来なかったのだ。

 

「治療に関しては手探りの部分が多いので何時頃完治するかは申し上げられませんが、状態は着実に改善しています。大丈夫、治りますよ」

 

「心配するな、将輝。何時までも寝てはいられないからな。すぐに良くなってみせる」

 

「さて、今日はこれで失礼しますね。また明日、参りますので」

 

 

 夕歌が一礼して部屋を去ろうとしたのを見て、剛毅は部下に玄関までの案内を命じた。将輝はそれを人払いだと感じた。

 

「将輝」

 

「なんだ、親父」

 

「そこに封筒があるだろう? お前宛だ。開けてみなさい」

 

「あぁ……」

 

 

 何故そんなことを指図されているのか分からず、しかしとりあえず拒否する理由もなく、将輝はサイドテーブルに置かれた封筒を手に取り、そしてすぐ表情を引き締めた。

 

「十文字殿からの書状……?」

 

 

 封筒の裏に書かれた差出人の使命を読み取り、ペーパーナイフを手に取り慎重に開封した。手紙を送ってきた相手が相手なので、万が一にも中の書状を破損させて用件が読めなかったなどという事は避けなければならない。

 

「……何が書いてあった」

 

「……招待状だ」

 

「何の」

 

 

 食い入るように手紙を読んでいた息子の目が止まったのを見計らい、枕の上で首を捻って顔だけそちらに向けて剛毅が尋ねる。

 

「二十八家から三十歳以下の魔法師を集め、反魔法主義にどう対処していくかを話し合う会議を開きたいと十文字殿は提案している。会議の開催は次の日曜、場所は横浜の魔法協会関東支部だ」

 

「今度の日曜? 随分急だな……十文字殿は横槍を入れさせたくないのか」

 

「横槍? 何処から横槍が入るというんだ?」

 

「例えば国防軍。あるいは警察当局」

 

「……政府が十師族の邪魔をするというのか?」

 

「そういう可能性があるということだ」

 

 

 剛毅は困惑している息子に説明して納得させようとはしなかった。こういう事は自分で理解し納得するしかないというのが、剛毅の教育方針だからだ。

 

「それより、どうするんだ?」

 

「出席する。侵略者の動向は気になるが、蚊帳の外に追いやられるわけにはいかない」

 

「その通りだ」

 

 

 剛毅は将輝の決断にお墨付きを与える。反対されるとは考えていなかったが、それでも明確に認められたことで「もしかしたら」という不安が消える。その代わりに、別の心配事が将輝の意識に浮かび上がった。

 

「親父……こういう場合は、やはり手紙で返事を出すべきだよな?」

 

「当然だ」

 

「……なんて書けばいいんだ?」

 

 

 剛毅はあっさり答えたが、生憎将輝は十師族間で遣り取りする正式な書面を作った事が無い。途方にくれた声で尋ねる息子を、剛毅は「情けない……」という眼差しで見返したのだった。




情けないぞ、将輝……

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