エリカは自覚していないが、彼女は一高で二、三位を争う美少女である。一、二位を争うでないのは、別格が一人いるからだ。当然彼女の動向は、主に男子生徒から注目を受けている。エリカが新入生の男子の相手をしたという噂は、放課後の内に一高内を駆け巡った。
「いやー、最終学年にもなって、あたしがこんなに注目されていたって知ったわよ」
「あら、エリカは元々注目されていたじゃない。いい意味でも悪い意味でもね」
「あたしはそんなに問題を起こしたつもりは無いわよ?」
「エリカは自覚してなくても、先生方は貴女の事をマークしてるみたいよ? ほら、剣術部に入り浸って部員をケガさせたりとか」
「書類の上では剣術部同士の稽古で怪我をしたことになってるけどね」
剣術部部長の相津が体裁を気にして誤魔化しているのだが、それが嘘であることは全員が知っている。だがあえて相津の面子を潰そうと考える人間はいなかったのだ。
「てか、あたしが矢車の相手をしたからって何なのよね。あたしは達也くんの婚約者だって知ってるんだし、どう考えても稽古をつけてやったとしか思えないと思うんだけど」
「あら、エリカのお眼鏡にかなったんだから、それだけ注目されても仕方ないと思うんだけど。エリカが稽古をつけてあげるなんて、西城君以来じゃな?」
「そんなこと無いわよ」
門下生相手に稽古をつける事はあるが、改めて学園の中で稽古をつけたことなど無かったなと、エリカは改めてそんなことを思った。
「まぁ、闘技場で訓練するなんてなかったか」
「精々非公式な稽古くらいでしょ?」
「相津君には隠さなくても良いって言ってるんだけどね、どうせあたしが怒られるだけなんだし」
「それでも、相津君は剣術部の面子を保たなければいけない立場なのよ。部外者に好き勝手させた挙句、部員の方がケガしちゃってるんだし」
「手加減はしてるんだけどなー」
「エリカの手加減レベルでも、当校の剣術部員は怪我をするのか……相津も大変だな」
深雪とエリカの会話を黙って聞いていた達也ではあったが、剣術部のレベルを嘆き、つい口を挿んでしまった。
「また達也くんが稽古つけてあげればいいんだよ。剣道部だけじゃなくって、剣術部の連中にも稽古つけてたんだよね?」
「桐原先輩や三十野先輩たちならともかく、同級生は俺に教わりたいとか思ってなかったからな。剣道部員だけだ」
「でも弥生は達也くんの実力を知ってたわよ?」
「会った事はあるからな。というか、彼女がもう少し相津を助けてやれば、多少なりとも楽が出来るようになると思うんだが」
「彼女は問題児として有名ですからね」
達也が同情を込めて呟き、それを聞いた深雪が笑みを浮かべながら同意した。生徒会役員である二人は、斎藤弥生の事も知っている。接点こそあまりないが、自治委員会常連の問題児だからだ。風紀委員会の取り締まり対象となるような悪質な校則違反は起こさないから、まだ救いがあるのかもしれない。
「それにしてもエリカ、貴女が特定の相手を気に掛けるなんて、やっぱり珍しいわね」
「相津君にも言ったけど、気まぐれよ」
「彼に特殊な才能を感じたからだろ?」
「………」
達也に図星を突かれ、エリカは黙ったまま視線を深雪の方に逸らしたが、彼女は興味深げに達也へ視線を向けていた。
「特殊な才能ですか……お兄様はどうご覧になられましたか?」
「確かによく鍛えられてはいたが、念動力者という点を除けば珍しい才能を持っているようには視えなかった」
「矢車君は念動力者なのですか?」
「ああ。魔法演算領域の一部が直接制御型の移動系魔法に占有されている、あれでは他の魔法を使うのに苦労するだろう。似たようなハンディを抱えてた者として、同情を禁じ得ない」
「……占有されているのは一部なのでしょう?」
「そう視えた」
「……領域の全てを占有されているお兄様に比べれば、大した苦労ではありませんよ」
「そうだな」
深雪はそういうが、例え一部であろうと、能力を制御される不自由さには変わりはない。だが気遣わしげな目を自分に向ける深雪を宥める為、達也は余計な事を言わずに頷いた。
「それではいったい、千葉先輩は矢車君に何を見出したのですか?」
達也以上に静観を決め込んでいた水波が、珍しく会話に口を挿んだのは、達也の欠陥から深雪の意識を逸らせるために違いないと、達也とエリカは感じた。
「体術と上手く組み合わせることが出来れば、念動力は大きな武器になる。近接格闘戦で見えない手が一本増えるものだからな」
深雪はあまりピンとこなかったようだが、四葉本家の格闘戦訓練で苦労した水波は「手が一本増える」と言われて大きく頷いた。
「エリカが矢車の念動を明確に意識していたのかは分からないが、エリカの事だから直感的には気づいていたんだろ?」
「あーまぁ……何か隠し持ってるとは感じたけど、達也くんみたいに直接「視れる」訳じゃないからね。本当に気まぐれで稽古をつけてやっただけなんだから」
気恥ずかしそうにまくし立てて、エリカは駆け足で駅に滑り込み、挨拶もまともにしないまま一人で電車に乗り込んでしまった。それが照れ隠しであることを、達也も深雪も水波も分かっていたが、既に逃げてしまったエリカに追い打ちは出来なかったのだった。
ホント、弄られると弱いな……