劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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情報早いなー……


本家からの報告

 明日の入学式の為に深雪の分まで作業をし、ようやく帰宅した達也たちを出迎えた夕歌は、少し憂鬱な表情を浮かべていた。

 

「夕歌さん、何かあったんですか?」

 

「先ほど本家から連絡があり、達也さんが予期していた通りの事が起きたようです。後程達也さんにも真夜様から直々のメールが届くでしょうが、派遣されるにあたり私には先に連絡が来たみたいなのよね」

 

「それで、一条さんの容体は?」

 

「重体よ……意識はあるようだけど、満足に手足が動かせないみたい。といっても肉体的な損傷じゃなくて、魔法演算領域が過負荷で麻痺してるのではないか、そう本家は推測してるようです」

 

 

 夕歌の話を聞き、深雪は両手で口を押さえ、目を大きくして硬直し、水波は驚き過ぎて表情が抜け落ちているが、達也はいつも通りの――いや、いつも以上に固い表情を浮かべている。

 

「負傷したのは一条剛毅殿だけなのですか?」

 

「本家からの報告では、そういう事になってるわね。敵対行動が予測される国籍不明船舶を拿捕しようとしたところを魔法による強力な爆発に曝されたみたい。一条殿は部下を庇う為に四重の魔法障壁を展開して、最後の一枚で辛うじてその威力を食い止めたらしいの。だけど百人以上の人間を庇う規模の障壁を三枚も破られたせいで、魔法演算領域に深刻なダメージを負ってしまったと報告書には書いてあったわ」

 

「百人以上……」

 

 

 水波が表情をどこかに置き忘れたまま呆然と呟く。自分も障壁魔法を得意とするだけに、その凄さと負荷がよく理解出来ていたのだろう。

 

「一条家は十文字家のような防御魔法の専門家ではないからな。咄嗟に同時多重障壁のような効率が悪い術式を選択したあたり、やはり無理があったのだろう」

 

「お兄様……」

 

 

 淡々と言葉を紡ぐ達也を気遣うように深雪が呟く。大規模な障壁魔法を行使し過ぎた負荷で命を燃やし尽くした彼女――穂波の事を思い出しているのではないかと案じたからだった。

 穂波が死んだ時とよく似たシチュエーションの話を、穂波そっくりの少女の前で話す。まるで辛い記憶の蓋をこじ開けるような状況だと自分でさえ感じるのだから、達也はもっと苦しんでいるに違いない、深雪はそう思ったのだ。

 

「……深雪、すまない。悲しい事を思い出させてしまったようだね」

 

 

 だが達也は、自分が苦しめてしまっていると勘違いしたようだ。

 

「(勘違いなのでしょうか……? 達也様――いえ、お兄様の目の前で穂波さんは今回と似たシチュエーションで命を落としてしまったのよ……いくらお兄様が強い感情を抱けないからといって、何も思わないはずがないわ)」

 

 深雪が頭の中で達也の感情を窺おうと考えている横で、達也と夕歌は難しい顔をして話を進めていた。

 

「本当なら手伝う義理は無いのだけど、さすがにね……」

 

「個人の感情を優先出来る立場では無いですからね。魔法の実力だけで考えたなら、三高の一条は今すぐにでも十師族の当主に成れるでしょう。ですが日本海沿岸の防衛の一翼を担う一条家の当主は、魔法の力だけで務まる地位ではありませんからね。無論一条家にも、当主が一時的に不在となった場合の対応策はあるはずでしょうがね」

 

「一之倉家と一色家もサポートを申し出るでしょうね」

 

 

 一色の名が出たことで、深雪はようやく現実に復帰し、余計な口を挿まないようにと二人の会話を見守る。

 

「本家は当面、私を派遣するだけの対応に止めるつもりのようだけど、達也さんの場合はそれで済むとは思えないのよね」

 

「俺に対して、武装勢力の迎撃に出動する命令が下される可能性がありますからね」

 

「国防軍がですか!?」

 

 

 深雪の悲鳴は、四葉家と国防軍の協定違反ではないか、とうい意味が込められていた。だが達也の答えはさらに意外なものだった。

 

「本家からだ」

 

「……しかしお兄様は私のガーディアンです」

 

「俺が四葉真夜の息子で、次期当主となった時点でその地位は変更されたと考えるべきだ」

 

「そんな……」

 

 

 深雪は達也を自分のガーディアンとして縛っている事に罪悪感を抱いてきたが、自分のガーディアンでいる限りは、他の仕事を無理に押し付けられずに済む。このルールを彼女は達也に対する罪悪感を紛らわせるための、せめてもの言い訳にしていた。しかしその言い訳がもはや通用しなくなったと達也は告げる。それを聞いて深雪は、達也が危険な任務に就くのかもしれないと聴かされた時以上のショックを受けていた。

 

「心配するな。以前にも言ったが、俺を本当の意味で傷つける事が出来るのは、深雪、お前だけだ」

 

 

 達也のこのセリフは、深雪が蒼褪めた理由を誤解してのものだったが、達也が傷すら負わないことを約束したことで、深雪も多少落ち着きを取り戻した。

 

「私もかつて申し上げたことを今も信じております。お兄様は――いえ、達也様は誰にも負けません」

 

「そうだな」

 

「ちょっと羨ましいわね……」

 

 

 ゆるぎない信頼を見せつけられ、夕歌はボソッとそんなことを呟いた。だがそんなことを気にしてる場合ではないと理解しているので、それ以上は言葉にはしなかった。

 

「水波」

 

「は、はいっ」

 

「これから先、俺が深雪の側を離れなければならないケースが増えるかもしれない。その時は深雪の護衛をしっかり頼む」

 

「お任せください」

 

 

 突如名前を呼ばれて驚いたが、水波は達也が改めて自分の使命を言葉にしてきた意味を強く噛みしめ、力強く頷いてみせた。

 

「深雪。俺は戦場にお前を連れていくつもりは無い」

 

「……分かっております。深雪はお兄様の……いえ、私は達也さまのお言い付けに従います」

 

 

 兄妹としてではなく、次期当主の言葉として受け取った深雪は、達也を困らせないように彼の言葉に従う事にしたのだった。




原作の場面に夕歌を足すだけで難しくなったな……

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