水波が準備を済ませてくれていたお陰で、深雪はすぐに達也の部屋で寝ることが出来た。だがもちろんすぐに寝ることは無く、それどころか今はこの部屋に達也はいなかった。
「水波ちゃん、ちょっとお話相手になってもらってもいいかしら?」
「構いませんよ」
この部屋には今、達也の姿も、夕歌の姿も無く、いるのは深雪と水波の二人だけである。
「達也様が夕歌さんのCADの調整の為に地下に行ってしまったのは仕方ないけど、どうして心が落ち着かないのかしら……」
「それは、津久葉様が達也さまに下着姿を曝しているとお考えだからではないでしょうか」
「測定の為には出来るだけ服を脱いだ方が正確に測れるのは理解しているのに……私も測定の時はそうしていると頭では理解しているのに、この胸の騒めきは……」
「しかし深雪様。達也さまが下着姿程度で動揺するとも考えられませんし、実際深雪様が測定を済ませた後達也さまは調整に入られるのですよね? 津久葉様の時も同じような展開になると思われるのですが」
「分かってるのよ、それは……頭では何もないって分かっているんだけど、どうしても落ち着かないのよ……私はほぼ全裸の状態で達也様に抱かれた事があるというのに、この程度で動揺してしまうのよ……」
顧傑捜索の為、深雪の内側に残している眼の力を開放するために、達也は水着姿、深雪は下着姿の状態で抱きしめられたのはまだそれほど前ではない。今でもあの感触を思い出す事が出来るくらい新しい記憶ではあるのだが、それでも深雪は夕歌が下着姿で達也の前にいると考えるだけで気持ちがざわついてしまうのだった。
「これから先、達也様は私以外の女性を抱く事が当然あるでしょう。魔法師界発展の為に重婚を認められている以上、女性を抱かないわけにはいかないというのは分かっているというのに、この程度の事で動揺してしまう自分が情けないわね……達也様を独占出来るわけないと分かっていながら、心の何処かで独占したいと願ってしまうのよね」
「深雪様は達也さまの一番側においででしたから、それは仕方ないのではないでしょうか。深夜様が亡くなられてからというもの、深雪様は達也さまに依存しきりでしたから。光井先輩の依存癖程ではないでしょうが、深雪様は達也さまに依存していたわけですし、その相手を独占したいと願ってしまうのもまた、ある意味仕方がない事なのだと考えます。本来ならば甘える対象であったはずの母親を失い、父親はその責任を放棄していたわけですから」
「でも水波ちゃん。こんなことを考えてばっかだと、いずれ達也様にご迷惑をかけてしまう気がするのよ。達也様は私の事を考えてくださっているけど、もう私だけを特別扱いするわけにはいかない立場なわけだし、もっと我慢できるようにならなきゃいけないと分かってはいるのだけど……」
そこで言葉を切り、深雪は未練がましく視線を地下に向ける。絶対にありえないと分かっていながらも、万が一が起こっているかもしれないと考えてしまう自分に嫌気がさし、深雪は盛大にため息を吐いた。
「駄目ね、私……どんな時でも冷静に対処出来るように訓練してきたつもりだったのに、この程度で気持ちを揺さぶられるなんて……」
「深雪様が訓練してきた状況と、今のこの状況は別物ですので。どんな戦場だろうが、深雪様のお心を乱す事は無いでしょう」
「戦場で乱れなくても、この程度で乱れてしまうのよ」
自嘲気味に笑いながら、深雪はもう一度視線を地下に向ける。達也のように存在を探れるわけではないので、いくら見たところで状況が分かるわけではないと理解しながらも、どうしても目を向けてしまうのだった。
「水波ちゃん、私はどうすればいいのかしら」
「一番確実なのは、達也さまがいない状況に耐える訓練をすればいいのでしょうが、その場合は周辺にどれだけの危害が及ぶか分からないので、いきなりは避けるべきでしょうね」
「魔法を発動させちゃいけないって分かってはいるんだけどね……」
「次点では達也さまが他の女性といるところを側で見て耐える、という事です。ですから今日は絶好のチャンスではあるのですが……耐えられてませんよね」
「この程度で揺さぶられちゃってるものね……この後夕歌さんは達也様と同じベッドで寝るというのに……」
その程度で何かが起こるとは深雪も思っていないし、夕歌も何かを仕掛けるはずがないと分かっているというのに、そのシーンを想像して深雪は部屋を氷漬けにしそうになり、水波が深雪の目の前で手を打った。
「落ち着かれましたか?」
「……ゴメンなさいね。水波ちゃん、お茶を淹れてもらえるかしら?」
「かしこまりました。こちらにお持ちしますか? それともリビングに移動されますか?」
「気持ちを落ち着かせるためにも、一度リビングにいった方が良さそうね」
達也の部屋に一人きり、などという状況になれば、別の意味で暴走してしまうと自覚している深雪は、水波と一緒に部屋を後にする事を選択した。
「達也様が見えていれば暴走する事は少ないのに、側にいてくださらないとどうしてもね……」
「ですが、達也さまは常に深雪様のお側にお力を残されているのでは?」
「でもそれは、達也様の存在を認識できるものではないもの……そもそも私は、達也様のお力が自分の中に残ってるのかどうかの実感もありませんから」
もう一度自嘲気味に笑う深雪に、水波は何も言う事が出来なかったのだった。
水波も大変だなぁ……