八神ゆとりの日常   作:ヤシロさん

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ちょっと遅くなったけど、無事投稿!
難産でした。でも頑張りました。


第六話 八神ゆとりの非日常(後編)

「ようやく見つけたわ!」

 

 そう言って、私とアインの前に現れたのは、あの商店街で二匹の犬を連れていた金髪の女の子だった。

 

 気の強そうな瞳に、フェイトちゃんとはまた違ったきれいな金髪。

 そして、またしてもはやてちゃんと同い年くらいの、かなりの美少女が私達の前で仁王立ちしていた。

 

「アンタ、その子をどうするつもり?」

「ど、どうするって言われても・・・・・・」

 

 有無を言わせない強気な態度に、私もアインも押され気味である。

 ついでに座っている私から見て、目の前の女の子に上から見下ろされている形になっているから、余計に迫力が合って怖い。

 そんな私の態度が気に入らなかったのか、女の子はますます目を吊り上げて、こちらを睨んできた。

 

「まさかアンタ、アインを虐めてたんじゃないでしょうね!」

「そ、そんなことあらへんよ」

 

 酷い言いがかりである。

 何がこの子をここまで怒らせているのか、私はただ困惑するしかなく、誰か助けてくれへんやろうかと周りを見渡すも人の姿はない。

 

「ちょっと、聞いてるの!?」

「は、はい!」

「アインをどうしようとしてたかって聞いてるのよ! いい加減、答えたら!?」

「えと、一緒に帰ろう思うて」

「はあ!? アンタ、その子がすずかが可愛がっている子猫だって知ってて言ってるの!?」

 

 正直に答えたのに、さらに怒りを増してしまった。

 もう今にも髪を逆立てながら飛びかかってきそうな勢いで怒り、その背中には燃え盛る炎のオーラを幻視した。

 私にはすずかという子が誰なのかわからないし、ついでにアインがめっちゃビビっとる。

 フェイトちゃんが現れた時と大差ないくらいのビビり方だ。

 

「あ、あのー、いったん落ち着いて話さへん?」

「何を落ち着けって言うのよ!? すずかのアインが誘拐されかかってるのよ!!」

 

 いつの間にか犯罪者扱いされていました。

 なんというか、うん。この子はアルフさん並に人の話を聞かない子だ。

 アインのために怒っているのはわかって、根はいい子なのだって分かったけど、心配と怒りのあまり少し周りが見えなくなっている気がする。

 

 さて、この子をどう落ち着かせようと考えていると、女の子の背後にいつの間にか執事服に身を包んだ老人が立っていた。

 セバスチャンとでも呼ばれていそうな人や。

 

「アリサお嬢様、少しよろしいですか?」

「何よ鮫島! 今はアインを助けるのが先よ!」

「はい、そのことなのですが―――」

 

 鮫島と呼ばれた老人が何やらアリサというらしい女の子に何か言っているらしい。

 小声だから何を言っているのか聞こえないが、アリサちゃんの様子が赤くなったり青くなったり、急に挙動不審になっている辺り、あの鮫島さんが何かを吹き込んだのだろう。

 

 アインと二人してその様子を見守っていると、さっきの勢いが嘘のように、アリサちゃんは気まずい顔をしながらこちらに近づいてきた。

 

「あ、あの聞きたいんだけど・・・・・・アンタって、アインとどういう関係なの?」

「どういうって、友達かな?」

「にゃー」

 

 私の言葉に同意するように、アインが鳴く。

 それを見たアリサちゃんは、こっちが心配になる勢いで顔を青くし、すごい勢いで頭を下げた。

 

「ごめんなさい!」

 

 その潔い謝罪を見て、思わずアインと目を合わせる。

 

「急に怒鳴って悪かったわ。本当にごめんなさい!」

「そ、そんな謝らんでも、私は平気やから」

「ううん、それじゃあ私の気が収まらないわ。何か償いをしないと」

「償いって・・・・・・ええよ、そんなの。私は気にしとらんから」

「でも!」

「アリサお嬢様、それ以上はよろしいかと。お相手の方も困っております」

「うっ・・・・・・でも」

 

 謝るだけでは気が済まないと迫るアリサちゃんを、鮫島さんが嗜める。

 ようやくこちらが困っていることに気付いたアリサちゃんは、肩を落として落ち込んでしまったが、これでようやく話ができそうだ。

 

「聞きたいことがあるんやけど、アインの飼い主さんをあなたは知っとるの?」

「え、ええ、知っているわ。アインは私の親友が飼ってる猫だもの」

「そうなんや。よかったなー、アイン。ちゃんと飼い主さんが見つかって、ほんまによかったわー」

「にゃー」

 

 飼い主が見つかって本当によかった。

 アインは子猫やし、飼い主さんと離れて寂しい思いをしているんじゃないかと心配だったから、素直に喜ぶ。

 

「ねえ、今度は私が質問してもいい? えーと・・・・・・アンタ、名前は?」

「ゆとり。八神ゆとりや。ゆとりでもゆとっちでも好きに呼んでええよ」

「そう、ならゆとりって呼ぶことにするわね。私はアリサ・バニングス。アリサでいいわ。それで、ゆとりは何でアインと一緒にいたの?」

 

 その質問に、私はこれまでの経緯を(フェイトちゃんや魔法のことを抜いて)簡単に説明すると、アリサちゃんは微妙そうな顔をしていた。

 どうしたんやろ?

 

「ゆとりって、馬鹿なの?」

「ひ、ひどい・・・・・・」

「アンタね・・・・・・猫を追いかけた挙句に森の中で迷子。しかも携帯も繋がらないって、どう考えたって遭難じゃない! いや、私のせいでもあるけど、下手すれば死んでたかもしれないのよ!?」

「あう・・・・・・」

「それに、よく見たら泥だらけじゃない!」

 

 土や泥で汚れた私の服を見て、アリサちゃんは呆れたようにため息をつく。

 私のために怒ってくれているのだろう。

つい先ほどまで敵意むき出しだった相手のために怒れるなんて、アリサちゃんは優しい子なんやね。

 

「ちょっと、何笑ってるのよ?」

「アリサちゃんは優しいなーって」

「なっ!? 何よ、いきなり!? それを言うなら、泥だらけになってまで猫を助けたゆとりの方が優しいじゃない!」

「照れるわ―」

「照れてるんじゃないわよ!」

 

 顔を真っ赤にしたアリサちゃんが再び怒るが、今度は照れ隠しとわかっているから怖くない。

 なんだか微笑ましくて、また口が緩んでしまう

 

「ああ、もう! 鮫島、ゆとりを私の家に連れていくわよ!」

「かしこまりました」

「・・・・・・え?」

「にゃー?」

 

 なにやら話がいきなり進んでいた。

 突然のことで茫然としていると、ベンチから離れようとしない私を見て、アリサちゃんは不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「何? 嫌なの?」

「そ、そうやなくて、どうしてそうなったんかなって、思うて」

「・・・・・・ゆとりが泥だらけになったのは、アインを助けようとしたからでしょ? なら、そもそも私の家の子がアインにいたずらしなければ、アインも逃げなかったし、ゆとりも服を汚すことなんてなかったじゃない」

「えーと?」

「つまり、ゆとりが泥だらけになったのは私のせいだってこと! 家の子の粗相は飼い主である私の責任なんだから、だからアンタは大人しく私の家に来て、服も体も洗わせなさい! ほら、行くわよ!」

 

 何故か最後は命令になりながら、私の手を引く。

 って、ちょっと待って!? 今、引っ張られたら―――!

 

「ひゃっ!」

「えっ! ちょっと!?」

 

 フェイトちゃんに運んで来てもらって幾分か回復してきたとはいえ、病み上がりで体力が減っていたことと、疲労が限界に達していたこと。なにより、連続の『聖母の微笑』の酷使により、私の体はもはや動くことすら辛い状態なのだ。

 

 だから、ベンチから離れた瞬間、足に力が入らず、結果として盛大に転んでしまった。

 

「ご、ごめん! 大丈夫?」

「うん、大丈夫やよ」

 

 笑顔で答えるが、アリサちゃんは何かに気付いたように私の顔を覗き込んできた。

 

「ゆとり、アンタもしかして歩けないの?」

 

 アリサちゃんの視線の先には、痙攣を起したようにぴくぴくと震える私の足がある。

 先ほどからなんとか立とうとしているが、足がガクガクと震えて立ち上がれない。

 

「その、別に歩けないわけちゃうよ? ただ、今はちょい疲れて足が動かへんだけで」

「それを歩けないって言うのよ! アンタこれからどうするつもりだったの!? そんな足じゃ、家まで帰れないじゃない!」

「えと、そんなことあらへんよ。こんなのよくあることやし、タクシー呼べば帰れるし」

「よくあることって・・・・・・なら、タクシーの代わりに私の家の車で送ってあげる。ついでに服も体も洗ってあげるから、それなら問題ないでしょ!」

「せ、せやけど、迷惑やと思うし・・・・・・」

「私は迷惑なんかじゃないわ。さっきも言ったけど、ゆとりがそうなったのは私の責任・・・・・・ううん、例え私に責任がなくても、目の前で困ってる子を置いて行くなんてバニングスの名が泣くわ!」

 

 清々しい啖呵に、私は思わず見惚れてしまった。

 それこそ、私が男だったら一発で惚れてしまいそうになるくらいにだ。

 

「そこまで言われたら、断れへんね」

 

 だから、気付いたらそう言っていたのは仕方のないこと。

 

「そうと決まったら、鮫島、ゆとりを車まで連れて行ってあげて。アインは私が連れて行くわ」

「かしこまりました。失礼します、ゆとりお嬢様」

 

 鮫島さんの腕が足と背中に通され、重さを感じさせない動作で私を持ち上げた。

 人生初のお姫様抱っこにドギマギしながら、道路沿いに止まっていた黒塗りの見るからに高級車だと分かる車まで運ばれ、先に乗っていたアリサちゃんの隣に座らされた。

 座ってから自分の格好を思い出し、こ、こんな高そうな車に泥だらけで・・・・・・!? とまた違う意味でドギマギしたが、アリサちゃんが気にしなくてもいいと言ってくれたから、私も出来る限り忘れることにした。

 

「ねぇ、さっきゆとりが歩けなくなることがよくあることって言ってたけど、あれってどういう意味なの?」

 

 静かに走り出した車の中で、アリサちゃんがそんなことを聞いてくる。

 その質問に答えるべきか迷う。

 フェイトちゃんの時も話した結果落ち込ませてしまったし、アリサちゃんも責任感とか強そうだから負い目になるかもしれないと思ったからだ。

 

「もしかして、どこか体が悪いの?」

「ちゃ、ちゃうよ? 体弱いけど、どこか悪いとかはないはずやから・・・・・・あ」

「体弱いって、アンタ・・・・・・」

 

 ついうっかり本当のことを言ってしもうた!!

 気付いた時にはもう遅く、アリサちゃんは顔を歪ませていた。

 

「体が弱いって分かってて、動けなくなるまで無茶したの!? アンタ、馬鹿じゃないの!?」

「あ、あう・・・・・・ごめんなさい」

「私に謝ったって仕方ないじゃない! そんな無茶して、もし取り返しのつかないことになったら、どうするつもりだったのよ!?」

「あうぅ~・・・・・・」

 

 言っていることが正論すぎて、何も言い返せない。

 確かに今回の件でいろんな人に心配させてしまった。

 フェイトちゃんにアリサちゃん。それに家で待ってるはやてちゃんにもだし、花屋の柏木さんも心配させているかもしれない。

 立派なお姉ちゃんを目指している身として、周りの人達に心配をかけるなんて、あってはいけない失敗だ。

 

「ちょ、ちょっと、そんなに落ち込まなくても」

「にゃー・・・・・・」

 

 ずーんと落ち込んだ私を見て、アリサちゃんとアインが声をかけてくる。

 心配してくれるのは嬉しいが、今の私にはそれがまた迷惑をかけてしまっていると思えて、余計に落ち込んでしまう。

 

「いろんな人に迷惑をかけてしもうた・・・・・・私ってダメダメや」

「ダメダメって、確かにゆとりのしたことは後先考えてない行動だったかもしれないけど、それだけじゃないでしょ?」

「うん、アリサちゃんの言う通りや。私なんかじゃなくて他の人に頼れば、もっと上手くやってくれたよね」

「いや、そうじゃなくて・・・・・・」

 

 あの時、何かを考えてアインを追いかけたわけじゃない。

 ただ放っておけなくて、誰かに頼るという選択肢が思い浮かばなくて、怪我をしていることわかっていながら何もしないのが嫌だっただけの、ただの自己満足なのだ。

 

「アンタねぇ、少しは人の話を聞きなさい! えいっ!」

「いひゃっ!?」

 

 声と共に、左右の頬が引っ張られる。

 本気は出していないだろうが、かなり痛い。

 

「あ、ありしゃひゃん、ひはひ! ふぁなひぃふぇ~!(あ、アリサちゃん、痛い! 離して~!)」

「ゆとり、アンタはたくさんの人に心配をかけたけど、それでも全部間違いだったってわけじゃないのよ! アンタのおかげで、アインが助かったんだから! でも、私が言いたいのはそういうことじゃなくて、もっと自分の体を大事にしてってことなの! わかった!?」

「ふぁひゃっひゃ、ふぇひゃっひゃふぁら~!(わかった、わかったから~!)」

「もうこんな無理しないって約束できる!?」

「ひゅふ! ふゃくふぉくひゅふ! ひゃひゃらふぁなひふぇ~!(する! 約束する! だから離して~!)」

「よし!」

 

 ようやく離してもらえた頬を擦る。

 あう~、めっちゃ痛かった。ほっぺが真っ赤になっとるかもしれへん。

 

「アリサちゃん、酷いわー」

「ふん! これはお仕置きなんだから、また無茶したら、もっと痛くするわよ」

「これ以上されたら、ほんまにほっぺが取れそうや。ありがとなー、アリサちゃん。今度から気をつけるね」

 

 乱暴な手段だったが、アリサちゃんの思いやりが心に響く。

 さっきまで沈んでいた気持ちが温かくなり、なんだか頬の痛みさえも嬉しく感じる。

 

 なんだろうか、このむずむずとするこそばゆい感じは。

 はやてちゃんと一緒にいる時とも、お爺ちゃんやお婆ちゃんと遊んでいる時とも違う、とても温かい何かが胸の奥で湧いてくる。

 よくわからないけど、なんだか笑みが浮かんできた。

 

「んー・・・・・・えへへ」

「どうしたのよ、急に笑い出して。頭でも打った?」

「ひ、ひどい・・・・・・」

 

 そんな感じで、私はどういうわけか偶然であったばかりの女の子、アリサちゃんの家に行くことになったのであった。

 

 

★★★

 

 

 

「・・・・・・あの、アリサちゃん」

「あら、もうお風呂から出たんだ。へぇ、結構似合ってるじゃない」

 

 使用人さんに案内された部屋に入ると、大きなソファーに座っていたアリサちゃんがこちらに視線を向ける。

 ここはアリサちゃんの部屋らしいが、部屋の広さが私の家のリビングより広いことに驚きを隠せない。いや、それ以前にアリサちゃんの家に着いた時なんか、目の前にある大きな洋館が家だと言われて、しばらく言葉を失っていた。

 

 それからアリサちゃんの指示で、動けない私は鮫島さんから女性の使用人さん達に預けられ、あっという間に風呂場に連れて行かれたと思ったら、眼前に広がる大浴場に再び驚いている間に体中を洗われていた。

さらにそこから、疲れた筋肉を解すマッサージや、使用人さん達による着せ替えをさせられて、ようやく今に至る。

ちなみに、今私が来ている服は水色のワンピースで、私の服を洗濯している間にアリサちゃんの持っている服を貸してもらっているのだが、どうしても服に着られている気がしてならない。

 

「ア、アリサちゃん。私、もっと地味な服の方がええんやけど」

「だめよ。せっかく似合ってるのに勿体ないわ」

「あう・・・・・・」

 

 見た目はシンプルだが、肌触りとか布質を見るだけでも、すごく高そうだとわかり、もし汚したらと思うと怖くて仕方がない。

 ここに来る前にも、嬉々として私を着せ替え人形にしていた女性の使用人のみなさんに同じお願いをしたのだが、満場一致で却下された。

 

「ほら、そんなところに立ってないでこっちに座ったら」

「う、うん」

「ゆとり、アンタ動きが変よ?」

 

 そう言うアリサちゃんの顔は、どう見ても私の反応を見て楽しんでいる。

 たぶん私が上等な物を着せられて緊張していることに気付いているのだろう。

 

「・・・・・・アリサちゃんのいじわる」

「はいはい、悪かったわ。ちょっとくらい汚しても平気だから、楽にしなさい」

「せ、せやけど・・・・・・」

「それに、その服はゆとりにあげるんだから気にしなくてもいいわよ」

「え、ええ!?こ、こんな高そうな服もらえへんよ!」

 

 いくらなんでも限度がある。

 こんなに良い服を着せてもらっただけでも貴重な体験させてもらったのに、それを譲ってもらうなんて、庶民の私には難易度が高すぎる。

 

「遠慮なんてしなくてもいいわよ。それはアインを助けてくれたお礼なんだから」

「お、お礼って。それやったらお風呂かしてくれたし、服も洗ってくれたから充分してもらっとるよ」

 

 むしろ貰いすぎている気がする。マッサージとか、さっきまで重かった体が嘘みたいに軽く感じるのだ。しかし、そんな私の反応もアリサちゃんは予想していたようで、あっさりと答えが返ってきた。

 

「それは償いの方よ。言ったでしょ、原因は家の子なんだから、飼い主の私が責任を取るって」

「せ、せやけど・・・・・・」

「もう、うるさいわね。なんだったら、ゆとりが着た服全部あげてもいいのよ?」

「やめて! それ以上私をいじめんといて!」

「くくくっ、それじゃあ、その服一枚だけにしておいてあげる。あ、断れば全部ゆとりの家に送りつけるから」

 

 そう言われてしまったら、もう断ることはできない。

 申し訳なく思う反面、私も女の子だからきれいな服を着れるのが実は嬉しかったりしたから、素直に好意を受け取ることにする。

 

「ありがとなー、アリサちゃん。この服、家の家宝にするわ」

「いや、着なさいよ」

「せやけど、この服着る機会、あんまりないんよ」

 

 家ではワイシャツ、お出かけの時は汚れてもいい動きやすい服と決めているから、今のところこの服が活躍する時が思い浮かばない。

 それよりも私の部屋に飾っておいた方がいい気がする。

 

「いや、だから着なさいって。それじゃあ、あげた意味がないでしょ? そうね・・・・・・なら、今度一緒にお出かけしましょ? その時に着て来ればいいわ」

「え・・・・・・?」

 

 突然の申し出に、ちょっと思考が止まる。

 それが遊びのお誘いだと気づくのに、たっぷり十秒くらいかかった。

 だって、私もアリサちゃんも出会ったばかりだ。話もしたし、何故かアリサちゃんの家に来てしまってはいるが、今の私たちは奇妙な縁で知り合いになっただけの関係だと思ってた。

 

 けど、なんだか私の勘違いかもしれないけど、アリサちゃんを見ていたら違うのかなって。

 そんなことを考えてしまったせいで、つい口からそのまま疑問が飛び出してしまった。

 

「・・・・・・お出かけって、私とアリサちゃんで?」

「? そうだけど、どうかしたの?」

「えと、なんで私とアリサちゃんがお出かけするん?」

 

 その言葉にぴくりとアリサちゃんが反応した。

 どんどん眉間に皺がよっていくのを見て、あ、これはまずいと気づくが遅かった。

 

「・・・・・・それってどういうこと?」

 

 そんな感情を押し殺したような底冷えする声に私は焦る。

 

「だ、だって、私たち知り合ったばかりやし、一緒にお出かけする理由もないし・・・・・・えっと、その・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・そんなの、なんやか・・・・・・と、友達みたいやん」

 

 無言の圧力に促されるように、思っていたことが素直に出てくる。

 言葉にするとよけいに現実味が出てきて、うっかり勘違いしてしまいそうになる。

 

 仲良しはいつも窓の外にある世界だけだった。

 『友達』なんて単語は自分とは縁遠いものなんだと思ってた。

 

 だけど、そんな窓はいつしか開いていて、

 

「はぁ~、あんたねぇ・・・・・・ていっ!」

「ぴっ!?」

 

 呆れた様なため息の後に伸びた手が、私の両頬を捉えた。

 さっき車の中で味わった痛みがフラッシュバックして、思わず身構える。が、いつまで経っても痛みはやってこない。

 恐る恐る閉じていた目を開け、アリサちゃんの顔を見ると、そこにあったのは怒っているんだか笑っているんだかよくわからない表情だった。

 ただその目はとても優しい色をしていた。

 

「ゆとり、この際だからはっきり言うわ。あんたって、すっごぉくバカでしょ!」

「ふえ!?」

「まったく、一度しか言わないからよく聞きなさい」

 

 そう言ってアリサちゃんは一呼吸し、まっすぐ私を見据える。

 

「確かに私たちは出会ったばかりだし、まだお互いのことを全然知らないから、仲が良いなんて言えないわ。でも、別に良いじゃないそんなこと」

「そ、そんなことって・・・・・・」

「だってそうでしょ? 私もゆとりもお互い名前で呼び合ってるし、こうして普通に話もしてる。私だって最初はすずかの猫を助けてくれたからってだけで私の家に連れてきたけど、今は違うわ。その・・・・・・」

 

 そこでアリサちゃんは言い淀みながらも、少し頬を赤らめて言った。

 

「き、気に入ったのよ、ゆとりのこと。バカだし、変なところもあるけど、良い子なんだってわかったから仲良くしたいって思ったのよ」

「アリサちゃん・・・・・・」

「だ、だから、あんたは私と遊びに行くの、いいわね!」

「うん・・・・・・うん!」

 

 最後は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまったアリサちゃんに、私は頷くしかない。

 なんというか、何て言っていいのか・・・・・・すごく嬉しい。

 上手く言葉に出来ないし、この気持ちをどう表現すればいいのかも分からないけど、でも私はアリサちゃんにお礼が言いたかった。

 

「アリサちゃん、ありがとう」

「べ、別にお礼を言われるようなこと言ってないでしょ? まったく本当に変な子なんだから」

 

 やれやれと肩をすくめるアリサちゃん。

 またひどい事を言われたけど、今は特に気にならなかった。

 

「まあ、いいわ。 それじゃあ約束よ。今度ゆとりは私と一緒に遊びに行くこと。それから絶対にその服を着て来ること。いいわね?」

「う、うん。ええけど、私あんまり遠くまで歩けへんよ?」

「別に構わないわ。その時は車に乗るなり、また鮫島に運ばせるから」

 

 いや、車はともかく鮫島さんは勘弁してほしい。

 さすがに人前で抱っこされて運ばれるのは恥ずかしいし、なにより鮫島さんの老体にあんまり負担をかけるのは良い気がしない。

 

「あ、そうだ。せっかくだから、今度の連休に私の家族とみんなと一緒に海鳴温泉に行くんだけど、一緒に行かないかしら?」

「みんな?」

「さっき言ったすずかともう一人のはなのはって子よ。二人とも私の大事な親友なの。あと二人の家族も一緒に来るわ。みんな優しくて良い人だから、きっとゆとりとも仲良くなれると思うわよ?」

「そうなんや。アリサちゃんの親友なら私も会ってみたいわ・・・・・・あ」

 

 そこまで言って思い出す。

 今度の連休には、私の月に一度の検診のために病院に行かなくてはいけないのだ。

 体の弱い私が変な病気にかかっていないかや、体の状態を確かめるために丸一日を使って調べ上げてくれるから、断るわけにはいかない。

 私が行けないことが分かると、アリサちゃんは残念そうに肩を落とす。

 

「ごめんなー、アリサちゃん。せっかく誘ってくれたのに」

「ううん。ゆとりの健康のためだもの。無理に断って、もし悪いところがあって、悪化したら大変じゃない。それにこれで最後ってわけじゃないわ。次の機会があれば、その時に一緒に行けばいいんだから」

「うん、そうやね。次は一緒に遊びに行く。約束や」

「ええ、約束。破ったら承知しないわよ」

 

コンコン

 

 話にひと段落ついたところで、部屋の扉がノックされた。

 入ってきたのは鮫島さんで、その手には見覚えのある服と買い物袋を持っていた。

 

「失礼します、アリサお嬢様、ゆとりお嬢様。ゆとりお嬢様のお洋服が乾きになりましたので、お荷物と一緒に持ってまいりました」

「あ、ありがとうございます!」

 

 礼を言って、荷物を受け取る。

 服は丁寧に畳まれアイロンまで掛けてあるし、何故か買い物袋は中身が少し増えていた。

 たぶん鮫島さんが入れてくれたのだろうと考えていると、足に何かが触れた。

 

「にゃー」

「アイン!」

 

 いつの間に入ってきたのか、アインがこちらを見上げて鳴く。

 抱きかかえてみると、毛並みはしっかりと整えられ、汚れもすっかり落ちている。

 きれいになったアインはすっかりご機嫌のようで、嬉しそうにしていた。

 

「そういえばアリサちゃん。アインはこれからどうするん?」

「今日は家で預かるつもりよ。明日すずかの家に届けにいくわ」

「そうなんや。よかったなー、アイン」

「にゃー♪」

 

 アインも無事に帰れると知り、一安心する。

 これで今日の心配事は何一つなく終わっただろう。

 

 そんな油断を私していた。

 いろいろとあり過ぎて、一番大事なことが頭の中からすっぽ抜けていたのだ。

 

「少しよろしいですか、ゆとりお嬢様?」

「はい?」

「ゆとりお嬢様がお風呂に入っておられる間、ゆとりお嬢様の携帯が鳴っておりましたが、ご家族からと思われますが?」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 思考が固まりそうになるのを我慢して、鮫島さんから携帯を受け取り、画面を見て今度こそ完璧に固まった。

 

現在の未読メール:57件 留守番電話サービス:34件

 

全部、はやてちゃんからだった。

 

『姉ちゃん、今どこにおるん?』

 

 から始まって、

 

『帰りが遅いけど、寄り道でもしとるの?』

『姉ちゃん、もう暗くなってまうよ?お願いやから、電話して』

『何で連絡くれんの?姉ちゃん大丈夫やよね?ちゃんと帰ってくるよね?』

 

 という感じで、どんどん泣きそうになっていくのが分かる。

これはまずい。とってもまずい。

顔から血の気が抜き、きっと今の私は真っ青になっているに違いない。

 

「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」

「あ、あわわわわわわわわわわ、大変や! 早く帰らんと、はやてちゃんが泣いてまう!!」

「え? どういうこと? はやてって誰よ!?」

 

そんな風に、今日の最後は慌ただしく終わりを迎える。

 

鮫島さんに送ってもらって、家に帰ると、待っていたのは涙流して警察に電話しようとしていたはやてちゃんで、帰ってきた私を見るなり泣きながら抱きつき、事情を話すとすごく怒られた。

 

それから長時間におよぶ説教を日が変わるまで正座で聞くことになり、しばらくの間、外出禁止にされてしまった。でも、

 

「あんな、はやてちゃん。私、友達ができたんよ」

 

 そう言うと、はやてちゃんはわが身のように喜んでくれたから、今日は大変だったけど、きっと良い日だったんだと思う。

 

 

 

 




というわけで、アリサちゃんが友達になる回でした。

ゆとりちゃんもいろいろと複雑な過去があるせいで、きっとこの先も普通の人とは違った反応になるかもしれないけど、温かく見守ってあげてほしいです。

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